2016年2月3日水曜日

20160202

一月はほとんど、直島にいた。
長期滞在は、たぶんこれが、最後になる。

未だ好きな景色ひとつ見つからないくせに、期せずしてずいぶんたくさんの時間を過ごすことになってしまった小さな島が遠ざかっていくのをフェリーの窓から眺めながら、ふと、私はあの島にいるときの自分が、実はどこにいるときよりも自分らしいな、と思った。


直島には、人をニュートラルにする空気が満ちている。
それはどこか死に近いような気がずっとしていたけれど、ひょっとすると、生まれる前の胎児の感覚に似ていたのかもしれない。


振り返ってみれば、直島は私にとって、その時々に必要なものを必要なだけ与えてくれる場所だった。

完全にひとりになれる空間。
たくさんの人に作品を見てもらえる機会。
奇跡のような一期一会や続く縁。
ずっと探し求めていた存在との出会い。
いちばん深い悲しみとの対話。
自分の心を見つける時間。
そして、不器用で素朴な愛や思いやりや尊敬。
数えきれないほどの、感謝。


大きな出来事がたくさんありすぎて、自分が変わっていくスピードが速すぎてちゃんと見えなかったけど、直島での時間が私に与えてくれたものはいつのまにか、私という人間の根幹を支える大事な筋肉になっていた。


古い印象で「私」を捉えられることへの嫌悪感の向こう側で手を振っている、自分が憧れてやまない形は、もうどこにも消えたりしない。


人である以上、いつもまっさらではいられない。
それでも私は。


夜にかかる虹や、夏の夕暮れのにおいや、まどろみの中で響く優しい音楽のようなものでありたい。


静かで、透明で、はかなくて、美しくて、忘れたくなくて、また出会いたくて、人の心に喜びと感動だけを残す、愛らしく素晴らしいものでありたい。


そういうふうに、生きたい。
そういう私で、いつも誰かと寄り添って、生きたい。


ありがとう。
たいへんお世話になりました。