2015年12月30日水曜日

20151230

まるで昨日となんら変わらないように過ぎていくような日々だと思いきや、私たちはこの数年、何百年、あるいは何千年に一度起こるくらいの大きな大きなパラダイムシフトの渦の中に、いつのまにか巻き込まれている。


このパラダイムシフトが終わったあとにやってくる世界は、たとえるなら、真っ暗闇。

だからこの数年というのはある意味、来たりくるその真っ暗闇な世界を迎えるにあたっての準備期間のようなもの、と云える。


真っ暗闇の世界、と一言に云っても、その在り方は人それぞれで異なる。

ある人にとっては、不安や恐怖や絶望に満ちた世界。
ある人にとっては、静かに眠ることのできる世界。
ある人にとっては、今まで見えていたものが消え、見えなかったものが現れる世界。
ある人にとっては、いっそう自分の感覚が研ぎ澄まされる世界。
そしてすべての人にとって、ひとつひとつの魂たちのほんとうの形が、これまでよりもずっとずっとよく見える世界であり、その形を見つけるために必要な自分なりの「光」の所在を、意識的に探す世界でもある。


もちろん、これまでだってずっと、世界の見え方はいつも自分のものの見方に委ねられてきたわけだから、いつどこで何をしていても変わることのない自分をすでに持っている人たちにとっては、特になんら変わらない、とも云える。

地球の波動や次元が上昇したので、人間もそれに合わせてシフトします、物体の影響力はさらに弱まり、概念の力が強くなるため、その概念のエネルギーに合わせて私たちの意識や細胞の在り方も変わっていきます、なんて云われたところでピンとくる人なんてたぶんほとんどいないだろうし、実際のところ、どんなに急激に地球が変わったって、今生きている私たちがこれから急にあと200年生きられるようになるわけでも、突然性別が変わったり若返ったりするわけでもなく、この肉体はこれまでと同じように少しずつ衰えて、やがて失われることも、やっぱり変わらない。

それでも、このパラダイムシフトの期間は、まずひとつひとつの魂が自分の「本来のかたち」を見つけるために設定されている。
その「かたち」を見つけたうえで、まだ必要があれば今の肉体を維持しながらもうちょっと人としての人生を続けることになるし、本来のかたちに戻るときが来れば、それが周りの人にとってどんなに唐突なタイミングだとしても、肉体を脱ぎ捨てることになる。

そして、その選択は運命でも神さまでもなく、自分の魂が選んだとおりになる。

どちらにしても、この一年をピークに2018年頃まで続くパラダイムシフトの期間中、私たちに求められているのは、真っ暗闇な世界の中での自分の在り方や発光の仕方を「決める」こと。


私たちの多くにとって、多かれ少なかれしあわせを感じられるのは、自分の存在する世界に自分の思う「愛」が在るときだ、と私は考える。

大切な人がそばにいる。居心地の良い景色の中にいる。「何か」を熱烈にいとおしむ。
「何か」の温かいぬくもりの中で安心している。

人間にとってのしあわせには必ず、自分以外の「何か」や「誰か」という対象が存在する。


だけど、真っ暗闇の世界の中では、今までよりもずいぶん工夫しなければ、それらを見つけることはもちろん、これまで簡単にできていた「共有」や「共感」や「共鳴」といった具合に他者と何かをわかちあうことが、とても難しくなる。

その代わりに、自分の感覚をフル活用して見つけてわかちあったものは、今までよりもずっとずっと深くて大きな「愛」となって、自分の世界に存在するようになる。


これからやってくる真っ暗闇の世界というのは、まったく見知らぬ世界ではなく、これまであたりまえのようにそこにあった光が消えた、もともとの世界、という方がニュアンスとしては正しいかもしれない。

信じる信じないは別として、その光の正体は、いわゆる神さまとか天使とか守護霊とか亡くなった人の魂とか呼ばれる類の、生きている人間の数よりもずっとずっとたくさんいる、目に見えないサポーターたちだった。

彼らはこのパラダイムシフトの期間中、作為的に自分の光を消している。

いなくなったわけじゃない。
今でも、あたりまえのようにそばにいるけど、彼らは自分たちの在り方を変えている。

真っ暗闇の世界の中で、恐怖や不安や疑いに飲みこまれることなく、自分以外の「誰か」や「何か」の存在を信じたい者たちが目をこらし、自分で作り出した(あるいは見つけた)光でそれらの本当の姿を照らし出すのを、ただじっと、待っている。


彼らはこれまで、無限に「与える」ことを選んできた。
それは今もこれからも変わらない。

ただし今、彼らは私たちに「与える」ものに、ちょっとしたスパイスを加えている。
痛み、というスパイスを。

なぜなら、私たちはみんな、しあわせや喜びの記憶はすぐに忘れてしまい、痛みの記憶ばかり持っておこうとしたがる。

だから、ちゃんと知っていたはずなのに忘れてしまっていた大切なことや、今まで気づくことのできなかった大切なことをもう一度しっかりと思い出してもう忘れないために、なかなか忘れることのできない痛みの記憶を加えることで、私たちの魂のいちばん深いところにまで届く傷をつけて、残そうとしている。


たとえるなら、震災後の都心の夜。


まるで昼みたいにいつでも煌々と明かりの灯っていた街から、明かりが消えた夜。

夜の暗さや心細さと月や星の明るさを思い出して、今まですっかり忘れていたとても大切なことに触れたような気分になったとき、私の心に浮かんだのは、きっと私とは違う気持ちで同じ空を見上げているであろう誰かの悲しみと、見えなくなっていたけれどずっとそこにあった美しいものを見つけた喜びと、それらをないがしろにしていたことへの反省と、また見つけられたことへの感謝だった。

そして、また街に明かりが戻ったとき、私の心に浮かんだのは、まだ明かりの戻らない場所で空を見上げているかもしれない誰かの悲しみと、ふたたび便利で快適に暮らせる喜びと、それらがあることが当たり前だと思っていたことへの反省と、そういう日常を作ってくれていた先人やあらゆる人たちへの感謝だった。

相反するふたつの環境の中でも、心に浮かぶ感情は同じ。

今のパラダイムシフトでは、これと似たようなことがたくさん起こる。



結論から云ってしまえば、昼であろうと夜であろうと空がそこに「在る」ように、世界が真っ暗闇になっても自分の世界がそこに「在る」ことに変わりはない。

つまり、その真っ暗闇とのつきあい方次第で、自分の世界の景色はすっかり変わるから、いかにしてつきあうか、は自分で決めてしまえばいい。


********

この数ヶ月、あるいは数年の間に、ささいなことをきっかけに自分の心のいちばん深いところに隠れていた真っ暗闇を直視するような出来事があった人は、少なくないと思う。

そして、そこからもう二度と抜け出せないような絶望感の中に今もまだいつづける人もいれば、ほんの数分、気づかないくらいの一瞬の絶望だけを経験しただけで終わった人もいるだろう。


真っ暗闇に向き合う時間や密度は人それぞれ違う。

その違いがどこにあるのかと云えばそれは、たとえ外側から照らされている光が消えても、自分で発電できる予備のバッテリーを、それまで生きてきた時間の中でどれだけ蓄えてきたか、によるのかもしれない。

そのバッテリーというのは、たとえば自分の未来に対する夢や目標であったり、愛したい、守りたい人やものであったり、自分の可能性を信じる気持ちであったり、そもそも何も考えなくても「生きる」ことが自然にできるスキルであったり。
それもまた、人によって異なる。

だから、少々の停電ではビクともしないようなバッテリーを持っている人は、知らずのうちにそれを使うことができてしまう。
けれど、寿命の短いバッテリーしか持っていなければ、必然的に新しいバッテリーを自分で作り出すか、もしくはまったく光のない真っ暗闇の中に目を慣らして何かを見つけるか、あるいは、真っ暗闇の中で目を閉じて、そのままずっと眠り続けるか、はたまたこれまでと同じように自分を照らし出してくれる光を探すか、いずれにしても自分で決めて何かしらの策を講じなければならない。


そこで起こるさまざまな体験や感じ方もどれひとつ同じものがないし、どれが正しくてどれが正しいということもない。

私が知っているのは、私のバッテリーが完全に切れたときに見た真っ暗闇だけだ。
でも、それを一例として出すならば、光ひとつない真っ暗闇の中で、私はようやく、自分の全貌をはっきりと見たような気がしている。


これまでも私の人生はずいぶん険しい山あり谷ありだったけれど、この一年はある意味その集大成のような、そんな一年だった。


自分の選択に後悔しないように、自分に恥じないように、生きていたつもりだった。
それでも真っ暗闇の中で、今の私を作りあげてきた自分なりのいろんな価値観になぞらえて「私」という人間を眺めてみたとき、彼女は私にとって、なんの価値も見出せない存在だった。


今年が始まったとき、私はほんとうのからっぽの中にいた。
一度絶望の中に落っこちたときはまだ悲しみがそこにあったけれど、それすらもない、ほんとうのからっぽだった。

たぶん外側から見た私は、落ち込んではいるもののそれほど深刻には見えなかったのかもしれないけど、私の中は、そうではなかった。


いちばんの願いをなくしたとき、誰かを愛する心も、愛されたいという望みも消えた。
あることをきっかけに、うすうす気づいていたけれどどうしても認められなかった「才能のなさ」を痛感して、最後の夢を失くした。
表現したい自分は完全に消滅し、作品を作り出すことも言葉を綴ることもできなくなった。
身体から免疫力や抵抗力は失われ、臓器はみんな、さぼりがちになった。
もともと好きではない容姿はますます劣化するばかりで、鏡を見るたびにまったく知らない人間がそこにいるようで気味が悪かった。
きわめつけに、記憶に障害が出始めて、私は未来を、あきらめた。

その瞬間、私のバッテリーは完全に切れて、目の前に真っ暗闇が現れた。

それまでと変わらず、周りに優しくて温かい家族や友だち、そして私の仕事に感謝したり感激したりしてくれる人の気配を感じることはできたけれど、私は目を閉じて、自分の世界の周りに透明な薄い膜を張ることを選んだ。

そしてその膜の中で、私にとってちっとも価値のないこの人間こそ、ずっと違和感を感じながらも紛れもない今の私の姿であることを、ゆっくりゆっくり、飲み込んだ。

あのとき、私の世界には、私以外に誰も何も、存在していなかった。

そこで私は初めて、いつも誰かと誰か、誰かと自分、自分と自分を比べることで作り上げてきた価値観を、もう持たなくてよくなったことに気づいた。

そうして再び目を開けたとき、私の目に映る膜の外の世界は、すっかり変わっていた。

私にとってなんの価値もない、興味も期待も持てない「キヨノ」という名前のこの人間に対して、周りの存在がくれる優しさや愛情や感謝や賞賛はみんな、びっくりするくらいキラキラ光って、私の世界を照らしてくれた。

そしてそのキラキラは、私の世界を覆っている透明な膜に反射するたび、私の世界から、感嘆や喜びや愛やしあわせが、ちょっとずつ生まれていった。

膜のおかげで、光以外のものは、私の世界に届かなくなった。
いつかこの膜がなくなるときがくるとしても、今のところ、私の世界はとても静かで穏やかで、いつもキラキラと美しく、少しだけ淋しい。

肉体を捨てようとしている魂と、それを必死に止めている肉体とのせめぎあいに、勝ったのはどうやら肉体の方だった。

だから私は、愛着のない今の「キヨノ」のかたちに、ほんとうの私がいちばん好きなかたちを作って、加えてあげることにした。


過去を司る左側は、消えてしまったもとのかたちの代わりに、ついた傷を輝きに変えるダイヤモンドにして、星の光と同じ印をつけた。

未来を司る身体の右側は、生まれたてのたましいと同じ金色のまんまるな球体を半分もらって、在りたいことばを刻んだ。

そして今を司るまんなかに、永遠の祈りをくっつけ、そうしてできた新しいかたちに「sakihai=幸ひ」という名前をつけた。

向き合った人にしか届かない、ささやかな光。
でも、たとえ私がそこにいてもいなくても、そのさきに無限の可能性を秘めた、強くて美しい光。

それは私にとって、今まで作り出したものの中でいちばんキラキラしていたから、私はとても、嬉しくなった。

この小さな光が、よその世界にも届くといいな、と思ったら、また新しい希望が生まれた。


人間の肉体は、他の誰も何も介在できない自分の世界と外側との世界とをつなぐためのツールになるために存在している。

だから、私たちはみんな肉体を持っている限り、その形の内側にあるものをできるだけ知りつくしてフル活用しながら、外側に存在する無数の世界に触れるチャンスを得ることができる。

それがどれだけ素晴らしくて嬉しいことなのか。
そのことを、私たちひとりひとりがもっともっと実感するために、これからの世界は真っ暗闇になる。


大きなパラダイムシフトは、まだまだ続くから、私が今たどりついた場所もただの折り返し地点に過ぎないのかもしれないけれど、いちばん大きなうねりの中にいた一年が終わろうとする今、私は自分なりに見つけた答えに心から賛同し、感謝し、満足している。


あとどれだけこの肉体で生きられるのかもわからないにせよ、私は真っ暗闇の中でかくれんぼをしている神さまたちを描いたり、自分の心を音にしたり、交わる魂のしあわせへの祈りをジュエリーにしたりしながら、やっと見つけた穏やかで静かな自分だけの世界とよその世界を交錯させることを、できるだけ楽しんでいきたい。

そして、よその世界が私と交わるとき、そこに残るものはいつも、大なり小なりの愛に溢れた「しあわせ」で在りたい。


そういうふうに、生きていきたい。


まとまらないな。
まぁ、いいか。

終わりよければ、すべて良し。




sakihai

ミエヌヤミ アキラケキモノユエ
見えない闇は まぶしいものだから

キエヌヤミ イトケナルユエ
消えない闇は 大切なものだから


サキミタマ ナレバ テハナスマイ
結ばれる魂なら 互いに手を離すまい

クシミタマ サレバ ワスレマイ
もう会えない魂なら きっと忘れない


ソノ ◎ ウツクシミタマヘ
その痛み 悲しみ 喜びのすべてを どうか慈しんでください

コノ ◎ ウツクシミタマフ
この痛み 悲しみ 喜びのすべてを 私も慈しむから


ミココロガユメ カナイサキハヒマツレ
あなたの心の願いが 叶い幸いますように

ウツシヨニナシ カナイサキハヒマツレ
あなたの世界で現実となり 叶い幸いますように


ミホギタマフ
私は祈ります

アメツチカミマシテ
天地あらゆる神たちに

タイラケク ヤスラケクアレリ
あなたのいる世界がいつも平和で 愛に満ちたものであるように












2015年12月8日火曜日

20151208

また性懲りもなく体調を崩して、この数日は昼夜のべつなく眠りこけていたのが、少し良くなったら今度は目が冴えて、久しぶりに考えを言葉にまとめた長い文章を夜通し書いているうちに、気づいたら朝の7時を回っていた。

少し外に出てみようか、とコートを着、その上から最近お気に入りの、友だちがくれたネイティブ柄の大きなショールを羽織って、郵便物を手に外を出た。

思いのほか、空気が冷たい。


すぐそばのコンビニにポストインするか、それとも坂をくだったところにある郵便局まで歩いてみるか少し迷って、坂をくだってみることにした。

朝の人たちはなぜかみんな、私とは反対方向に歩いている。

学生もサラリーマンも、お米をトラックから運び出す人たちも警察官もウォーキングをする主婦までも、そろいもそろって私とすれ違う。

まるで、私だけがいつのまにか、世の中の大半の人たちにとってあたりまえみたいな営みからずいぶん離れてしまっているみたい。

少し心もとなくなって、冷たくなった耳に手をおしあてて曇った空を見上げたら、尾っぽの長い黄色い鳥のつがいが、ビルの壁のダクトから中に入っていくのが見えた。


自分の在り方について、私はなんにも思わない。
淋しいわけでも誇らしいわけでもなく、いろんな取捨選択や思考や感覚ののちに、なんとなくたどりついた、今の生き方。

心地は悪くない。
でもいつからか、自分と世界とを透明な膜がいつも確かに隔てているのを、感じている。


ピュウッと冷たい風が吹いたから、ネイティブ柄の大きなショールでしっかり身体を包みながら、坂道をゆっくりと、今度は上がる。

ネイティブ柄のショールは、もともと友だちのお気に入りだった。
誰かの持ち物を欲しいと思うことなんてめったにないのに、今日は寒いから、と彼女が貸してくれたそのショールを巻いた瞬間に、あぁ、これが私のだったらよかったのに、と強く思った。
そして彼女は、それを察して、私にお気に入りのショールをくれた。
キヨノちゃんの真似をしてみたよ、と笑いながら。


私がそれを欲しがったのは、そのネイティブ柄のせいだった。
そのネイティブ柄は、同じ柄の毛布にくるまって一緒に眠った人のことを、否応なしに思い出させた。
その人の存在は私にとって、私の生き方と同じくらい、なんにも思わないもの。
それはつまり私にとって、よくもわるくも結果的にいちばんしっくりくるもの、だ。

もともとわずかしかないその人との記憶はもう過去にしかなくても、その人が私を抱きしめたほんの数時間に覚えたあのしっくりくる感じの安心感を、私はきっと今もなお、現在進行形で大切にしたがっている。


ネイティブ柄の大きなショールを羽のように広げて自分の身体をくるんだとき、私はとても鮮明に、彼の腕の中で見つけた、いつかの自分がずっと求めていて、そしてやっと出会うことのできた膜のないあの安心感を、蘇らせることができた。

あのとき私は、せつないでも嬉しいでもなく、ただ、安心していた。
だからどうしても、あのショールが欲しかったんだ。

そして今、ネイティブ柄の大きなショールはしっかりと私の身体を包みこんで、世の中の人たちとさかさまみたいに歩いている私にそっと、寄り添っている。
その、心強さ。

これがあればじゅうぶんだ、と強がって、私はいさましく、家までの坂を上がっていく。


今朝は、ずいぶんと寒い。
朝の人たちの一日は、もうすっかり始まっている。

みんなの一日が、それぞれにとって、それなりに良いものでありますように。


小さく願って、私はたぶんもうじきまた、昼夜のべつなく深い眠りにつくんだろう。








20151207

意地悪や、ひりひりのない世界にいたい。
そんなのはきれいごとだ、なんていう人は、私の世界には要らない。

もっともっと、みんながみんなに優しくあればいいのに、と思う。


怒り、という感情は、とても厄介だ。
理由は明確なのに、コントロールするのがとにかく難しい。


怒りの感情が生まれる理由はたったひとつ。
人(あるいは出来事)の実態が、自分の価値観ではどうにも受け容れられないものだから。それに尽きる。

そこに、日々少しずつふくらんでいた小さなストレスや、身体のバイオリズムや、ちょっとした気分、そういったもののタイミングが最悪の位置で合ってしまうと、怒りの感情は爆発し、手がつけられないくらい厄介なものになる。


少し前に、久しぶりにそういう手のつけられない怒りの感情を覚えたことがある。
今借りている家と向かいのマンションの間に、新しい 塀が作られたときのことだ。


私は実のところ、この三年ほど住んでいる今の家が、ちっとも好きではない。

この家は、ボロい。
人さまのものだから貶すのは失礼だけれど、この家は風情のある類の古屋ではなく、近所の心ない住人からは、みすぼらしい、と蔑まれている。

入居するときに、当時の貯金をありったけつぎこんで、2Fに新しく床を張ったり、台所のシンクは新しくしたり、壁を塗り直したり、できるだけのことはしたけれど、家は日々少しずつ傾き、大風が吹けば外壁に穴が開き、大雨が降ればそこらじゅうで水が漏れ、天井裏にはさまざまな動物が生息しており、窓はひとつとして隙間なく閉まらない。

特に1Fにある私の部屋は湿気がひどくて、納戸スペースにしまってあるものは洋服もバッグも作品までも、すべてカビの餌食になってしまう。

何もかもがきちんと整理整頓されていれば被害は多少少ないのかもしれないけど、もともと1DKでひとり暮らしをしていたときに厳選したいずれまた使う生活用品、サロンにあった備品、さらには増える一方の作品や材料など、捨てられないものでさらにゴチャゴチャしている上に、私の片付け方も中途半端だから、3年経ってもまだ一度も、この部屋で完璧な居心地の良さを感じたことは、ない。


どうしてそんな家に住むことにしたのかといえば、そこにはもちろんいろんな事情があって、立地や広さや家賃を考えればやっぱりこの家に住むより良い選択肢はあのときにはなかった、という側面も多分にあるし、いろんな利便性を考えればいいところもある。

でもやっぱり、私はこの家が嫌い。
そして、この「嫌い」という前提が、ささいな出来事を大きな怒りにつなげるきっかけとなってしまった。


数ヶ月前、近隣の住宅の建て替えが重なったときに、もともと地盤が緩い土地だったからか、家の周りを覆っていた古い石垣の一部が崩れ落ちた。

しばらくそのままだったのが、先だってついに、小さな庭を隔てて私の部屋の向かいに建っている低層マンションとの境目の塀が作り直されることになったのだけれど、ある朝、トンテンカンテンと、石塀を作るのとはおよそかけ離れた音をさせて工事が終わると、目の前に現れたのは驚愕の風景だった。

私はこれまで、塀というものは「ふたつのものを隔てて隠す」ために存在していると思っていた。

それが、塗装すらされていない細い丸太に、半透明のポリカーボネート波板が貼られただけのものが、新しい「塀」として家の敷地の境目いっぱいにできあがっている。
完全に昭和初期の懐かしさを感じさせる仕上がりは、一見すれば爽やかにも見えなくない。
でもそれは、私にとってあまりにも都合の悪い代物だった。


私の部屋から庭に面したところは一面がガラス戸になっていて、庭に向く方向に、大きな作業机を置いている。
居心地の悪い部屋で創作をするためにはせめて、庭の緑と空だけを見ていたいからだった。

それが今では庭の向こうに、これまで隠れていた向かいのマンションの敷地がよく見える。
景観が悪くなった以上に問題だったのは、向かい側からも私の部屋の中が丸見えになってしまったことだった。

まず、大家さんに若干腹が立った。
いくらあと数年で取り壊すからと言って、こんなにしょぼい塀を作るとは思いもしなかったし、しかも、ポリカ板を選ぶにしてもわざわざ半透明にしなくても透けない色を選ぶくらいの配慮があってもよかったんじゃないだろうか。
ひょっとして、地味な嫌がらせだろうか。そういうタイプの人ではないはずだけど。

とりあえず現状を把握して落ち着こう、と外に出た。
色だけの問題なら、たとえば上から色を塗っちゃうとか、一面に絵を描いた板を貼るとか、そういうふうにすればかえっておもしろくなるかも、なんていうことをなるべく楽観的に考えながら、塀に近づいた。

そこで私は、ある重大なことに気づいた。

塀は、私の身長よりも低かった。
つまり、ポリカの部分をいくら隠そうとも、大人の身長ならどのみち目線の先は丸見えなのだった。


私は、激昂した。


工事に先立って、大家さんからは塀に対するリクエストを聞かれていた。
まさかこんな素材を塀に使われるなんて考えもしなかったから、素材については何も言わなかったけれど、高さのことだけは、絶対に低くしないでください、と再三再四お願いしていた。

なのに、この始末。
これはいったい、どういうことだ。


自分の怒りのエネルギーの凄まじさがどれほどのものかわかっているから、普段は少しイラっとすることはあっても、本気で怒ることはほとんどないけれど、この時ばかりは自分を抑えられなかった。


すべて自分の都合だということはわかっていた。

事実はただ、これまでは人にのぞかれる心配のなかった自分の部屋が、これからは誰かに見られる可能性がある、という、つまらないこと。

それによって、空が見えないと息がつまってしまうから、と年がら年中開けっ放しにしているカーテンを閉めておかなければならなくなるのが嫌だ、とか、ナギちゃんを始めとする私の大切な植物たちにお日さまの光をちゃんとあげられなくなってしまう、とか、ただでさえみすぼらしくてみっともない家がこの貧相な塀のせいでますますみすぼらしくてみっともなくなって惨めな気持ちになる、とか、そんなくだらないこと。

だけどその日の私は、そのくだらないことを、くだらない、の一言で笑い飛ばすことが、どうしてもできなかった。

そのとき、私は展示が終わってすぐから数日間もひどく体調が悪くて寝込んでおり、ただでさえゴチャゴチャしている自分の部屋は、展示前の慌ただしさでしっちゃかめっちゃかに散らかっていた。

加えて、すっかり慣れたつもりになっていたけど、薄い板一枚隔てた部屋の天井では四六時中、ネズミやネコやハクビシンだと推測される何かしらの動物が走り回っていて、眠っていても耳をそばだててしまうほど気を張っているのが実はいつだって嫌で仕方なかったことや、遊びに行った友だちの家が新築だったり、古くても居心地がよかったりするのを見るたびに、自分の生活している空間に対する違和感がいっそう強まっていることをとりあえず今はどうしようもないし、とあきらめ半分でごまかしているのもまた嫌で仕方なかったことにまで、気づいてしまった。

そういった小さなモヤモヤのひとつひとつが怒りの感情に輪をかけて、それがこの塀の誕生というタイミングに重なったことで、一気に爆発してしまったのだった。

大家さんとの、話し合って事情は理解したもののもうどうすることもできず、ただ互いに気分が悪くなるだけの電話を切ったあと、私は数年に一度あるかないかの本気の呪詛の言葉を吐き、その醜くて強い言霊のエネルギーで咳が止まらなくなり、苦しみながら涙目で身支度を整え、熱があるにもかかわらず、とりあえず今すぐ窓の目隠しシートを買いにいかなくちゃ、と私のパワースポット・東急ハンズに出かけようとした。

すると、おそらく般若のような形相だった私を見かねて、今日は具合も悪いんだから、とりあえずこれで目隠ししたら?と妹がインドで買ったサリーを一枚貸してくれた。

発色のいいグリーンとピンクのそのサリーは、妹が買ってきたときに、かわいいなぁ、いいなぁ、と思った一枚だった。

実際、とても出かけられるような体調ではなかったし、冷静に対処されるとわりとすぐ冷静になるもので、私はしぶしぶサリーを受け取って自分の部屋へ戻り、空が見えるように天窓の30cmほどだけ隙間を空けて、あとをぜんぶサリーで覆ってみた。

すると、内側からも外側からもぼんやりと互いの風景が透けるだけで、目線はまったく気にならなくなった。
白い絞りが点々と入った庭の緑と同じグリーン色には重さもなく、明るいピンクは夜でも部屋を明るくした。
むしろ、今までは作業に集中していても無意識のうちに気になっていた、向かいのマンションの時々点灯する縦長の窓が見えなくなって、以前よりも居心地の良さを感じるほど。

ナギちゃんたちは、直射日光が少しでも当たるように、日中はサリーの向こう側に置いておくことにした。


数時間経って怒りの感情が少しずつおさまってくると、今度は、大家さんにちょっと悪いことをしちゃったな、という反省の念が湧いてきた。

基本的には、あの人はいい人なのだ。
いばったところもないし、クリエイターっぽい雑さやいい加減さも共感できるし、以前のブログを読んで私の生き方をおもしろがってくれるような気さくさもあるし、飲んべえでよく記憶が飛んじゃうことがあっても、母が頼めば庭の木を切りに来てくれるような、根の優しい、いい人なのだ。

今回ばかりは少しだけ、価値観が違っただけ。
彼の家の台所事情はわからないけど、あと数年で取り壊すことが確定している家のためにお金を出して塀を作らなくちゃならないんだから、コストを最優先するのは当たり前だし、大丈夫だ、とうまく言いくるめてこの素材や仕様を選ばせた業者さんを信用した大家さんは、ちょっと見る目がなかったかもしれないけど、別に何も悪くない。


反省ができるくらいに感情が鎮まってくると、今度は頭が思考の整理を始める。
この出来事があったことで私はかえって、自分が今の環境に対して抱えていたストレスを認識し、「こうしたい」と思うヴィジョンが明確になった。
今度また家を選ぶときには、こんなことに気をつけて、こんな空間を作ろう。

そういう整理が終わる頃には、怒りはどこかに消え失せ、このサリーの感じが気に入ったから、目隠しシートなんてもう買わなくてもいいや、なんていうことになる。

それなのに、相手に明らかな悪意があったならともかく、私が私の怒りをコントロールできなかったばかりに、大家さんは私がフルパワーで吐いた呪詛のエネルギーをたぶん真っ向から受け取ったわけで、ひょっとしたらその日一日、あるいはもうちょっとの間、具合が悪くなったり、ちょっと不運が続いたりしたかもしれない。
とんだとばっちりだ。


********

怒りに身をまかせるということは、自分のもっともおそろしくて汚い部分をまきちらす害悪に他ならず、そこから生み出されるものは自分も周りもすり減らすだけで、いいことなんて何もない。


どんな理由であれ、怒りを覚えるのはすべて自分のせいで、他の誰の、何のせいにもしちゃいけないものだけれど、怒りの原因を辿っていくことは自分が根底に抱えているコンプレックスや問題、あるいは痛みや悲しみといった深い感情に向き合うことにもつながるから、たいていの場合は自己防衛のために、誰かや何かのせいにして、やり過ごしてしまおうとする。

一時的にはその方が楽だし、怒りのループから完全に抜け出せるまで自分の根底を見つめる作業は自分の中にある膿を出し切るまで終わらないから、相当の痛みも伴うし、気分も悪い。

よっぽど時間と心に余裕があって、かつ自分から一切の興味を失う心構えと準備ができていなければ、最後までやりきることは到底かなわない。


だから、私たちのほとんどは、たいていすぐに怒りの感情にのみこまれてしまう。
自分の怒りはもちろん、他人の怒りにも敏感に反応して、イライラしたり悲しくなったり、がっかりしたりする。

そして、その感情をもたらした(と勘違いしがちな)外的な原因に対して、嫌いになったり失望したりしては、また外側のせいにして、何度でも同じループの中で苦しむことになる。


大なり小なり怒りにのみこまれると、人は簡単に、優しさを失う。
そして簡単に、他人を傷つける。

それだけじゃない。
優しさを失うことは、自分の余裕のなさや了見の狭さを露呈し、表情を醜く変え、思考をどこまでも凶暴にする。
そして、ふだんの優しさまで、本当は嘘だったのかもしれない、という失望と不信感を、相手にも自分にも抱かせる。


怒りの感情をもつことは本当に、いいことなしだ、とつくづく思う。


でも、たとえ側からみたらどんなにくだらないことで怒っているように見えても、すべての怒りの向こう側には必ず、なんらかの悲しみがある。

そして、悲しみの裏側には、その人にとって大切にしたい、なんらかの愛がある。


世界を見渡すと、その愛を傷つけられた悲しみから生まれた怒りがたくさんたくさん溢れていて、それがまた新たな悲しみと怒りを生み出すような出来事が毎日のように繰り返されている。
それらはたぶんこれからの数年間、もっともっと、増えていくことになるだろう。

これが唯一の答えではないけれど、怒りのループがスピードや規模を増しているのにはちゃんと理由がある。

あまりにも多くの怒りや悲しみがさまざまな距離感で自分の日常に溢れてくるたびに、人はどんどん冷静になる。

感情が麻痺しているのではないか、自分は冷淡なのではないか、と思えるくらいに、いろんな出来事や人の感情に対して、それから自分の感情に対しても、客観的な目をもつようになっていることに、多くの人が気づき始める。

それは、その怒りや悲しみの向こう側にあるそれぞれの愛のかたちを、ゆがめることなくそのままの形で直視するための近道でも、ある。


それぞれの愛のかたち、そして怒りや悲しみのかたちには、正しいも間違っているもない。
善悪もない。

たとえそれが自分の価値観では理解できないものであったとしても、人それぞれの価値観は、誰にも否定も干渉もできない。簡単に変えることも、できない。

たったひとつできることがあるとすれば、お互いにただ、そう在ることを認める、それだけ。


どんなきっかけであれ、そのことに気づいて、それを完全に自分の中で昇華するまで、その人の世界にはさまざまな形で怒りの感情が溢れ続けるだろう。


だからこそ、自分の中に生まれる可能性のある怒りの火種がまだ小さいうちに、私はそれをちゃんとコントロールできる人でありたい、と願う。

他人の怒りに対しては、私は怯えるか軽蔑するばかりで、なんの策も講じない。

そういう小さな人間だからせめて、自分だけの都合で怒りの感情を抱いてしまうような狭量さくらいは、さっさと手放してしまいたい。


一年に1〜2回、だいたいどうでもいいきっかけでやってくる激昂の気まずさも、この何日かずっと残っている苦味も、しばらくすればどうせ忘れてしまうのだから、残しておかなければその方がたぶん表面的にはハッピーでいられるのだけれど、自戒の念もこめて、めずらしく長い時間をかけて考えたことの答えを、残しておこうと思う。













2015年12月3日木曜日

20151202

公開前から楽しみにしていた映画『FOUJITA』を、やっと観た。

寝てる人はいっぱいいたけど、私にはとても、おもしろかった。

何が、と問われたら、うまく答えられない。
でも、好き。

美しいものが、たくさんたくさんつまっていた。

映像も、人たちも、言葉も、音楽も、衣装の柄も、そして何より映画の中のフジタの人生そのものが、とてもとても美しかった。

常に美しく、バカバカしくあろうとする人の生き方の、美しさ。

実際のフジタもきっととてつもなく魅力的だったのだろうけれど、オダギリジョーさんのフジタみたいな人が存在したら、あんまりにも素敵すぎて、わたしがあの時代のフランスの女の人だったら気絶するかもしれない。


そのあと、雨の中、閉じこめられたみたいな静かなお店で、大好きな友だちと月一恒例ご飯を食べた。

彼女は、HIMIKAの新作でもあるSakihaiを作る決心をさせてくれた人であり、オーダー第一号の人でもある。

やっと渡せたSakihaiのネックレスと、お誕生日プレゼントに作ったハーキマーダイヤモンドのピアスが、あんまり嬉しくてご飯が喉を通らないよって笑う彼女の耳元と首元でキラキラしてて、とっても美しかった。


そして彼女は私に、沖縄で選んできた琉球グラスをプレゼントしてくれた。

見つけた瞬間、ピッタリだ!と思ったんだよ、という水の粒を閉じこめたグラスは、まるで透明の星空みたいで、藍色の布の上においてみたら、すっかり宇宙になって、夢のように美しかった。



今日はとても、美しいばかりの一日で、わたしはとても、しあわせだった。