2015年10月31日土曜日

20151031

今まで使っていたアクセサリーポーチの在庫がなくなるのを機に、何かもっと可愛くてその後も無駄にならないようなパッケージはないか、とこの2ヶ月くらいずーっと考えていたけど、未だ妙案は出てこず。

ハンカチサイズの手拭いで包む案が最有力だったけど、数パターン作ってみた手拭いのデザインがどうもしっくり来なくて、今回は見送ることに。

それでも何か作りたい。

そこで試しに用意してみたのが、HIMIKAの桐箱を特注している桐箱屋さんで見つけた豆箱。

レーザーカッターで掘ったみんな同じお顔の小さな神さまに、ひとつひとつ違う色をつけてゆくと、表情が変わって個性が出てくる。

 箱の中には藍染の生地をペロリと敷き、仕上げの文字は、渡す人に合わせて浮かんだ言葉を書いていく予定。

 完全な自己満足のわりにはわりと手間がかかるし、かといってこれに値段をつけるのもむつかしいから、これは一定額以上のオーダーかつ希望者のみの非売品になる模様。


それでも、できあがっていく小さな神さまたちは、なんとなくウキウキしながら、みんなでこっちを見ています。



2015年10月30日金曜日

20151029






石を結ぶワイヤーはランダムに見えるけど、実はぜんぶ、水引のあわじ結びを応用したもの。

結んだしあわせがほどけないように。
そんな祈りから生まれたこの結び方が、とても好き。

ジュエリーの職人さんや同じようにワイヤーと石を組み合わせてアクセサリーを作っている人と話すと、石を結ぶワイヤーにまで10金や18金を使うなんて(コスト的に)あり得ない!とよく驚かれるけど、石たちのエネルギーとのバランスや美しさを重視すれば、たとえ高くてもちゃんとした金を使うとやっぱり、メッキや14KGFとは仕上がりがまったく違う。

たとえお財布には優しくなくても、良い素材で作られたものは着けたり見たりするたび何度でも新鮮な喜びをくれる。

私にはそっちの方が大事だもん、と、絶望的に原価計算のできない自分の計算力のなさをごまかしている面もなきにしもあらずだけれど、なんとかギリギリでもお仕事が成りたっているのだから、やっぱりとても、恵まれているのだと思う。

もう何百と結んだあわじ結びの喜びやしあわせをいちばんもらっているのは、ひょっとすると私なのかもしれない。









2015年10月18日日曜日

20151017

Even if I’ll forget everything in my past soon, memories of our dear days will forever be together in my soul like a nutrition for plants.

昨日、前の会社でお世話になっていた先輩と久しぶりに会った。

一緒に仕事をしていた頃よりももっと親しみを感じたのは、お互い前よりずっと大人になって、強さも優しさもやわらかさもあきらめもたくさん知ったからかもしれない。

あの頃、誰とどんな時間を過ごして、どんな気持ちでいたのか。

もうあらかた忘れてしまっていてもなお思い出そうと試みる時、印象にはとても愛おしくて何か大切なものがギュッとつまっているから、たぶんきっと、仕事をしていたっていうだけじゃないかけがえのない瞬間のかたまりが、そこにはたくさんあったんだろう。


思い出は深く沈みこんで取り出すことが難しくなっても、私の細胞のどこかに、記憶はちゃんと息づいている。

心に浮かんだあの日々にメロディをつけたら、こんな曲が生まれてきた。
会いたいって思い出すことすらできないけど、せめて、ありがとうの代わりに。












2015年10月5日月曜日

20151004

初のポートランド&シャスタひとり旅。 

今回は10日足らずの短い旅だけど、身体に不安を抱えての移動の長い旅程だから、とにかく無理をしないことを第一に考えて、欲張らずにできるだけミニマムな旅をしている。



初日は午前中にポートランドに着いたおかげで、移動の前にPortland Art Museumに寄れた。 


広いスペースになんでもかんでもつめこんだアート空間。

海外のミュージアムはどこもたいてい自由に写真が撮れるし、とても近くで作品を眺められるものも多くて、嬉しい。


街を見だしてしまったらキリがなくなりそうだったから、具合のわるくならないご飯が確実に食べられるWhole foodsで栄養とカフェインを補給して、また車に乗り込む。

ポートランドからシャスタまでは約600km。 

ひとりで一気に行くのはつらいから、初日は半分くらいのところで一泊して、2日目のお昼前にようやくシャスタに到着。 

まず向かったのは、お山。
去年は時期の都合で途中のバニーフラットまでしか行けなかったから、パンサーメドウズやその先の源泉のある場所に行くのは、3年ぶり。 

自分の中ではいろいろ思うところもあって、行く前は果たしてどんな気持ちでお山に入るのかなぁと少し緊張すらしていたのだけれど、途中でヒッチハイクのおじさんを拾って(彼はサンタクルーズからシャスタに移住してきたミュージシャンだった)なんだかんだとしゃべっていたら、なんの感慨もなく源泉のさらに奥までたどり着いてしまった。 

でも、おじさんがどこぞに消えてから、寝っ転がるのにちょうどいい大きな石の上で横向きになってシャスタのお山と真っ青な空を見ているうちに、お山のエネルギーが以前とはすっかり変わっていることに気づいた。 

たくさんの人が場を荒らしたとか、泉のお水がほとんど枯れてしまったとかいうこととは関係がなく、シャスタ山はその役割をもうじき終えようとしている。 

他に誰もいなかったから、お山に聴いて欲しかった曲をかけた。 forumiで作った最後の曲、『towa』。 

レクイエムとして作ったこの曲を聴きながらふと、そうか、私もシャスタももうほとんど死にかけてるんだなぁ、としんみりした。 

身体だけじゃなく、魂に終わりが来るとき、そこにはいったい何が待っているんだろう。 

ともあれ、またここに来られて私はしあわせだね、とお山に話しかけたら、強い風が吹いて、山の上に積もっていた雪が蒸発しながらハート型の雲を作って、空に消えた。

←写真は雲ができあがり始めた頃


その日の午後と翌日は、石を選ぶのに集中。 

シャスタには馴染みの石屋さんが3つあって、それぞれ個性の違う石が置いてあるから、用途別に選んでいく。 

去年買った石で作ったジュエリーの写真や実物もいくつか見せたら、どのお店の人もみんなとっても喜んでくれて、すごく嬉しかった。 

今回はスコットのお店だけじゃなくどこのお店でも、入ったばかりの石やなかなか手に入らないという希少な石をたくさん見せてもらえたり、ちょっとしたおまけをもらったり、ずいぶん良くして頂いた。 

いちばん嬉しかったのは、あるお店で完全に自分好みのキラキラで美しい石ばかりを選んでレジに並べた時、お店中の人たちが集まってきて口々に褒めたり感嘆したりしてくれたこと。 

いつもよくしてくれるおばちゃんの店員さんが「彼女は最高の目を持ってるのよ!」とまるで自分の身内みたいに誇らしげに言って、みんながドッと笑う。 

その笑顔は日本で展示会をやった時に来てくれた人たちとおんなじで、やっぱり、きれいなものをきれいだと感じる心の在り方は世界共通なんだな、とすごくしあわせな気持ちになった。


記憶障害のせいで、旅はいろんな不便がつきまとう。
紙とペンとiPhoneは欠かせないし、前に行った場所へ行きたくても、思い出せないからたどり着けない。

仕入れでも、石の名前が覚えられなかったり、袋別に石を分けたはいいものの、きれいなお水のあるところで浄化する時に一度袋から出したらどれがどれに入っていたか覚えておけないからひとつずつしかお水に浸しておくことができなくてすごく時間がかかったりする。 

でも、不自由がある分ひとつひとつに丁寧さが加わるし、作業の間にゆっくりと考える時間を持つこともできた。

今回の旅はひとりだけど、泊まったところも含めて行く先々でいろんな人に出会って、少しずつだけど、いろんな会話をした。 

どういうわけか、アーティストやクリエイティブな仕事をしている人が多かったのも不思議だったけど、知らない人と15分だけ友達になって一緒にひなたぼっこをしたり、月食の赤い月の写真を見せてもらったり、お互いの作品について話をしたり、ぶどうを食べたり、他にもすでに忘れちゃったけどそういう大事な一期一会がたくさんあった。

さっき、さいごにまたお山に行って、パンサーメドウズのお気に入りの大きな石に寄っかかって、自分とまるでそっくりな石たちとおんなじものになって静かに考えていたら、答えではないけれど、この3年間に起きたいろんなことの決着みたいなものが、ようやくついた気がした。

「覚えておく」という機能が失われると同時に、私の中から言葉や何かを表現したいという衝動や、その根本にあるはずの「何か」が消えた。 

そこで初めて、私は自分の創作がいかに記憶に頼っていたか、そして、憧れていた言葉での表現に対していかに才能がなかったかを痛感した。 

ただでさえ、いろんな不自由や、誰かとの関係を作る上でのハードルになり得る記憶の障害にショックを受けていたのに、音楽やアートのみならず、いちばん大切にしてきた言葉の表現まで才能がないことに気づかされるなんて、いったい何の罰だろう、と悲しくなることも多かった。

でも、これは罰でもなんでもなく、私がこれからの時間を本当にしあわせに過ごしていくためにちょうどいいきっかけなのだと今は思う。

自分のすることが誰かの喜びとつながっていたい。

これはずっと変わらずに願ってきたけれど、これまでずっとこの「自分のすること」はどこか犠牲的で無理があった(と感じてしまっていた)。 

でも、それはもう過去の話で、自分が好んでやっていることが誰かの小さな喜びにつながって、そのことがまた私の喜びになる、という循環の中に私はいつのまにかちゃんとたどり着いていたことに、やっと気づくことができた。 

自分の才能や可能性を信じてやみくもになっていた時には、針の先ほども細いところにひっかかるような結果が出せなければ何も叶わないと思っていたけれど、私がジュエリーを作ろうが絵を描こうが洗濯物をたたもうがあたたかいお茶を淹れようが誰かのために調べ物をしようが、私がやって当然と思うことややりたくてやったことによって、誰かが喜ぶ。 

そのことになんら代わりはなく、誰かが喜ぶと、どれも同じだけ、私も嬉しくなる。 

これまではただ、私が誰かの喜びに結びつく自分の行動の範囲を勝手に狭めていただけのことだった。

 夢や理想の中身が変わるたびに、これは逃げじゃないか、とか、努力が足りないからいけないんじゃないか、と何かや誰かと比べては自分で自分を苦しめてきたけど、これからはもっともっと、小さく楽に生きていける。


来年から先、私はある場所に移住を考えている。 

大きな海と空がいつもあって、素敵なアートスペースといい温泉に、ホームセンターも本屋さんもあって、車で近県の東急ハンズにも行けるその場所に移住することができたら、小さな宿屋さんの真似ごとのようなことをしながら、好きなものを作って、時々東京でたくさんの人に会いながら仕事をして。そういうふうに生きていきたい。 

たくさんの一期一会の心地良さや、何があっても変わらずにいてくれようとする絆の心強さの中で、やっとたどりつけたこと。 

それは、自分の身の丈に合った、本当に自分らしい生き方。

 3年前、お山に変な約束をしてしまったせいで去年のシャスタはちょっと後ろめたくてお山に入れなくてむしろホッとしたくらいだったから、今回はなんの約束もしなかった。 

その代わりに、この旅に出てきて200回目くらいの「ありがとう」を呟いて、去った。

旅はもう折り返し。
シャスタ最後の夜、楽しい夢を見られるといいな。