2015年3月28日土曜日

20150327




いつも私の背中のネジを巻いてくれる人と、目黒川の桜を愛でながら、5時間。
同じ目線で世界を眺められる人の存在の、心強さ。
晴れた空もやわらかな光も夜のちょうちんもみんな桜を美しく照らしたけど、私は夕闇の蒼に浮かんだ桜の色が、いちばん好きだった。


嫌いなものは嫌いと、怖いものは怖いと、ちゃんと言える人は好き。

風がまだ少し冷たかったから、ブランケットが嬉しかった。












2015年3月27日金曜日

20150326

もうじき、誕生日がやってくる。
私は毎年、自分の誕生日に自分へ贈り物をする。
何をあげたかはほとんど覚えていないけれど、なんだかんだと贈り物をする。


今年の誕生日、私は私に、新しい名前をあげることにした。
本名でもヒミキヨノでもない、第三の名前を。

思い返せば、ヒミキヨノが現れたのは今から三年半前。
きっかけは、あるアーティストさんに楽曲を提供したことだった。
当時まだ本名でヒーラーの仕事をしていた私は、クレジットの名前どうする?と尋ねられたとき、新しい名前で作品を出すことを選んだ。
理由は単純で、本名で名前検索された時に出てくる内容が、その曲を世に出したいと思った純粋な理由やイメージを壊してしまうからだった。

そのあとに私は恩人を亡くし、やっとシャスタに行き、その年の暮れにはセッションをやめた。
それから、ヒミキヨノは私の人生の主演女優になった。


彼女は、天から与えられた役割みたいなものと自分の好きなこととを融合させて世に出すことを目的に生み出された。

だから、その後は受ける仕事によって名前を使い分けるようになった。
役割と好きなこと、そしてその仕事が作品となること。
この三つの条件がそろっているものはヒミキヨノが、それ以外のものは本名の私が担当した。


彼女は、たくさんの人とのご縁に恵まれながら、アートを描いたりジュエリーや音楽を作ったりしている。

作品を好きだと言ってくれる人たちもいるけれど、それはごく少数で、彼女の作品はほとんどの人の目に触れることもなければ、世間の不特定多数の人の関心を集めることもない。
理由は明確で、気質とこだわりだけはいっぱしに持っているものの、アートと音楽とジュエリーという三つのカテゴリにおいては、作品の質もセンスもスキルも所詮2.8流の域を出ないし、生涯かけて努力してもきっと、さして変わることはない。
周りがなんと言おうと、それは当人がいちばんよくわかっている。

彼女の作るものはほとんどが、たったひとりにだけ向いている。
大多数の人にとってはなんの価値もなくても、そのたったひとりが喜んでくれればそれで完結する、そういうものを作るのがたぶん、彼女の役割なのだろうと思う。

自分を過大評価しすぎていた私はそのことに気づくまでずいぶん時間がかかってしまったけれど、与えられた役割と自分のやりたいこととを仕事の上で融合させながらヒミキヨノが少しでも世の中と交わり、役立つためには、そうやってとにかくひとつひとつの仕事に丁寧に向き合いながら、細々と形にしていくことがいちばん誠実だし、その形があってこそ、心からのやりがいや感謝の気持ちを抱くことができる。

何より、ヒミキヨノが現れてくれたおかげで、私の人生は飛躍的に楽しくなった。

彼女は、本名の私が積み上げてきたたくさんの点と点を結んで、小さな円を描いた。
これからはその小さな円を地道にグルグル回しながら少しずつ大きくしていければ、それでいい。


じゃあなぜ第三の名前なんてつけるのかというと、それにもそれなりの理由はある。

子どもの頃から何度トライしてもうまくできなかったいちばん大きな課題に、本気で挑戦するためだ。

この一年半は間違いなく、人生最悪の、どん底みたいな日々だった。
衣食住はあったし、家族や優しい友人たちがそばにいてくれたからなんとかやってこられたものの、やっと出会えた愛も望みも夢も希望も信じる気持ちもお金も仕事も言葉も生まれた時からずっと一緒に生きてきたみずからの魂さえも順番にぜんぶ失くした時、私は初めて、それまであたりまえのようにできていたことの一切ができなくなった。

何度ももうダメだ、と思うたびに、私を最終的にひっぱりあげてくれたのはいつも、ヒミキヨノのちっぽけなプライドと、彼女のおかげで取り戻すことができた「心」だった。

彼女はこの一年半、からっぽの私と一緒にとことん苦しんでくれた。
そして、目に見えないものや目に見える親切な人たちと一緒になって、インスタントな夢とそれを叶えるための気力と行動力、じっくり考えるための時間と余裕とチャンスを私にくれた。

そのうち、何も生み出すことのない、人生のうちでもっとも動きの止まった日々を過ごしながら、私はずっと待ちわびていた「タイミング」の中にいつのまにか自然に流れ込んでいることに気づいた。

私が小さい頃からずっとうまくやれた試しのない、大きな課題。
それは「自分なりの美しい言葉でひとつの物語を完成させること」だった。

さっき、それがようやく完成した。
原稿用紙に換算したらたった150枚足らずの作品だけど、書けるという手応えを感じた日に、誕生日までに書き上げると決めて、この作品の執筆中はほとんど他のことはせずにひたすらパソコンに向かって、何十回も書き直してはプリントアウトし、ほとんど真っ赤な修正原稿をまたパソコンで直しまた真っ赤にして、を繰り返し続けた。

この作品には、本名の私が三十年以上かけて磨いてきたセンスとスキル、それからヒミキヨノのインスピレーションとこだわり、それに、私たちふたりの「心」のぜんぶが詰まっている。

だから、この作品の表紙には、そこには二人分のエッセンスを入れた新しい名前が必要だった。


今や、作ったものを世に出すのはとても簡単なことだから、いつものように自分で形を作って出す場所を用意すれば、これも簡単に世に出すことはできてしまう。

でも、新しい名前をつける作品は、私のことをまったく知らない赤の他人に見出してもらいたい。
そしてその人の手で、私とヒミキヨノの力だけでは到底及ばないところに、その作品をつれていってもらいたい。

そんなふうに願って、私は明日、この作品を手放す。


明日からはまたしばらく、ヒミキヨノと二人三脚の日々。
控えていた人との約束もまた少しずつ入れながら、痺れたままの脳と腕を少しだけいたわってあげたい。


P.S. こうして書いてみると、ぜんぶ失くしても自分の世界に自分しか存在していない傲慢さだけはどうやら持ち越してきたことがよくわかる。
それ、いちばん要らないはずなんだけど。
















2015年3月12日木曜日

20150311

あえて触れる人もあえて触れない人も、心のどこかにひっかかっていることに変わりはない。

どこかの国の時差で生きている私はさっき目が覚めて、散らかった本棚と神棚の上をグルグル廻る虹をぼんやり眺めている。

変わることを選んだ地球は今日も穏やかにグルグル廻り、変わり方を選び損ねた人間もまたどんどん増える不安や恐怖や絆の中で、グルグル廻る。

ギリギリにならないとすごい力を発揮しないから、ギリギリの状態に追いこまれる。
 それはつまり誰かが何かが、すごい力の在り処を知っていて、それをひっぱり出したがってるってことなのだけれど。


明るい日の射す時間にしかできないことがあるように、夕暮れの一瞬にしか見えないものがあるように、夜の静けさの中でしかなし得ないことがあるように、とどまることなく変わっていくものに合わせながらちっぽけな私はやれることを、やりたいことをやる。


死んだって終わりにはならないグルグル廻る世界の中で、生きてるうちにしかできないことを、一生懸命にやる。

今日はことさら、いい仕事ができそうだ。




2015年3月5日木曜日

20150305

気づけばもう三月。

今年に入ってから、私はずっと、言葉と向き合っている。
目標を決めて、テーマを定めて、文章を書いている。

去年の10月にシャスタに行ってから、12月に石の展示会はやったものの、三か月間はずっと映像漬けの生活で、直島に行って少しリズムは変わったものの帰ってきたらまたひきこもりみたいに過ごしているけれど、映像作品を観ている時間の比率よりも文章を書いている時間の比率の方が少しずつ増えてきた。

音楽を作る作業と文章を書く作業は、とても良く似ている。
頭の中ではいつも音符や言葉がグルグルととめどなく回っていて、あるタイミングに、ひとつの作品やフレーズの核になるものがストン、と落ちてくる。

その後、思いつくものを思いつくままに足して、それからどんどん、そぎ落としていく。


私はずっと、この「そぎ落とす」という作業が上手にできなかった。
それが、いつのまにかモノを捨てることが上手になったように、少しずつ「そぎ落とす」ことのコツをつかんできたような気がしている。

音楽や文章はそもそもが余計なものだから、シンプルさばかりを追求してしまったら何も残らなくなる。
だから、按配がとても難しい。
たとえば文章なら、その一文のどこが幹でどこが枝葉なのか、とか、枝葉の重さに幹がしなってはいないか、みたいなことをつきつめ始めると、本当にキリがない。

私は本を読むときでも何をするときでも、すぐ先に進みたくなって、じっくり立ち止まることがあまりない。
でもせっかく時間がたっぷりあるのだから、今は根気よく丁寧に向き合う、ということを、とことんやってみたいと思う。


不思議。
ずっとやりたくてできなかったことに、ごく自然な流れでいつのまにかたどり着いている。


12月の展示会にたくさん人が来てくれて、その前後にアクセサリーのオーダーを個人的にしてくれた人もたくさんいたおかげで、節約して暮らせば3か月くらいはやりたいことにとことん集中できる、とわかったら途端にすごく気が楽になって、多少貧しくても心が豊かでいられるうちにとにかくやれるだけやってみよう、というのが最近の私のスタンス。

これがあと一か月もすればまた、さて、どうやって暮らして行こうか、と考えなければならないのだけれど、家の中で自分を研ぎ澄ませて言葉と向き合っていられる今の時間は、かけがえがない。



月に一度必ず会う大切な友達が、誰の文章よりも私の文章がいちばん好きだ、と会うたびに言ってくれる。

その言葉を支えに、私は今日も、いくつかの言葉を紡ごうともがく。



そういえば、昨晩、屋根の上でドタン、とすごい音がした。
我が家の屋根裏には、太った白猫(私たちはネコガミと呼んでいる)が住みついているのだけど、どうやらネコガミが上の屋根から下の屋根に降りたらしい。

太りすぎて着地に失敗したんじゃないか、と慌てて外を見たら、ネコガミの姿はなく、代わりにお月がものすごい光を放ってこちらを見ていた。


その圧倒的なエネルギーを誰かと共有したくて、写真を撮って、インスタとFacebookとTwitterに同時でアップした。

何人かの人がすぐに反応してくれたことが、とても嬉しかった。
浅いつながり。
でも、そういうものが時々くれる偶然の、そして何かとても温かいものを心に届けてくれる刹那的な瞬間に、救われることが、確かにある。



明日は満月だ。