2014年10月19日日曜日

20141019

昨日と今日は直島・本村地区のお祭り。


昨晩は宵宮祭で、かけ声をかけながら太鼓をたたく男の子を乗せたお神輿と、三味線や鳴り物で練り歩く女の子の山車が神社の参道を降り、町をグルリと回ってまた神社へ戻る。



きれいにお化粧をした子供たちはみんな神妙な表情で、自分の役割をしっかりこなす。


夜の闇の中に浮かぶその姿はとても幻想的で、美しい。


そして今日は本宮祭。

太鼓のお神輿と鳴り物の山車に加えて、いよいよ八幡の神さまを乗せた金色のお神輿の登場。

この土地の風習で、担ぎ手がお神輿を高く上げた時、お神輿にお賽銭を投げてくぐって戻ってくると福を頂けるのだという。


数時間に渡る練り歩きは、ただ担ぐだけでなく、途中で何度も激しい太鼓の音と共に、お神輿を上下に大きく揺らす。


担ぎ手も大変だけれど、すごいのは一度も途切れることなく完全にそろった太鼓を鳴らし続ける子どもたち。


太鼓の男の子のうちのふたりは、直島に滞在している時に代講している英語塾の生徒たちでもあった。

普段の姿も知っているだけに、その雄姿にとっても感激して、何度となく涙があふれてしまった。


今日はお神輿を見た後、食材を買いに近所の小さな生協へ寄ったのだけれど、この感動をどうしても誰かに伝えたくて、いつもレジにいるけれど挨拶以外したことのなかったおばちゃんに、とってもいいお祭りですね、感激しちゃった!と思いきって話しかけてみたら、おばちゃんは少しびっくりした後、お祭りにまつわるいろんなことを教えてくれた。

さらに、「あんたはどっちかっていうと、祭りを見てるより私も神輿の上で太鼓叩きたい!って立候補する方やろ」と云われて、おばちゃんの意外な洞察力(失礼!)に今度は私がびっくりした。

私は小さい頃、お神輿の上に乗って担ぎ手をあおる人になるのが夢だった。

それはともかく、どうして猫をかぶったおとなしい挨拶しか交わしていないのに私のキャラクターまでバレていたのか、不思議でならない。



最初にお祭りのことを教えてくれたのはいつも親切にしてくれる近所のおばちゃんで、昨日の夕方には「今日はお祭りやからな」と云って、美味しいお煮しめとおこわを持ってきてくれた。

たくさんあったから、ニュージーランドから泊まりに来ていた老夫婦にも少しおすそわけしたらとても喜んでくれて、そのことを今日またおばちゃんに話したら、今度はもっとたくさんのお煮しめとおこわと、お魚のフライや高野豆腐まで持ってきてくれた。

かえって申し訳ないことをしちゃったかな、と思いながらも、おばちゃんはとってもとっても嬉しそうな顔をしていて、こういう形でみんな嬉しいのっていいな、と思い直した。


太鼓の男の子の父親でもある行きつけのカフェのマスターは、お祭りの見どころの時間や場所をぜんぶ教えてくれただけじゃなく、宵宮祭のあとの内輪での賄ご飯にも呼んでくれて、20人くらいの人たちと楽しい時間を共有できた。



同じ場所を何度も訪れて暮らすように過ごす旅のいちばん素敵なところは、地元の人との関わり方が少しずつ変わっていくこと。


日本の地方の多くは、外から嫁いできたというだけで、たとえ何十年そこに住んでいても「よそ者」扱いされてしまうような慣習がまだ多く残っているから、旅人なんていうのはそれこそよそ者以外の何者でもないけれど、一見さんに対する親切とはまた違う、時間を少しずつ重ねていって生まれる親しさやほんの少しの仲間意識みたいなものがあるだけで、旅の日々の密度も変わってゆく。


いわゆる故郷をもたない私には、帰れる地元がない代わりに、たくさん故郷を作ることができる。

直島も、土地としては別にそれほど好きではないし、景色だけで云えばもっと好きな場所は山のようにある。

それでも何度も帰りたくなるのは、帰れる場所と機会があるからというだけではなく、そこでまた会いたい人たちがいるからだ。


いつかどこかに定住するかもしれないし、結局どこにも定まることなく生涯を終えるかもしれないけど、どちらにしても、人生を送る上で、あるいは生活をする上で大切にしたいのは、「どこで」と同じくらいに「誰と」なんだとつくづく思う。


明日は、突然東京から友達がひとり来てくれることになった。
それを話したら、こっちの友人たちが夜に宴をしてくれることになった。


そういうのもまた、すごくすごく嬉しい。
ありがとう。

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