2014年10月14日火曜日

20141014

高松空港から港に向かうバスの窓からある景色を見た途端に、思わず悲鳴をあげそうになるくらい心がヒリヒリ痛んだ。

と同時に、私は本当にちゃんと自分の心に出会って仲良くやれるまでになれたんだ、とどこかホッとした。


この街には、私史上最高にしあわせだった夏の日の24時間の記憶がひそんでいる。


12月と2月にも同じ道を通っているはずなのに、その時どうやって直島までたどり着いたのかまったく思い出せないのはたぶん、悲しみでいっぱいだった心がそれ以上壊れてしまわないように、しっかり目を閉じて私を眠らせてしまっていたからだろう。


食材とコーヒーを買ってフェリーに乗りこんでから、久しぶりにforumiを聴いた。
夕暮れ少し前の海の上で、船のノイズに紛れるいつかの調子っぱずれな歌声はそれでもどこか別の次元にいるみたいに澄んでいて、私は今まででいちばんまっさらな気持ちで、あの大切な子の不在がさびしかった。


美化して整頓してしまうこともできた。

事実、東京でずっと過ごしていたこの数か月の間に、記憶も想いも少しずつ風化していくような感覚は確かにあったし、たとえほんの一瞬だったとしても、魂がずっと渇望していた感覚が満たされる瞬間があったことにようやく心から満足できた時、言い聞かせるでもなく自然と、静かな何度目かの終わりを迎えられたような気がしていた。



でも。

見たこともないくらい緑色をした海の上で、ひとりのことだけを想って全身全霊で作った音楽を聴いている私の奥底から湧きあがってきた感情はただ、会いたい、だった。


私から会いに行く術は自らぜんぶ失くすことを選んだのに。
船の上でひとり、涙目で苦笑する。


だけどきっと、たとえ会うことがなくたって、これからもこうして何度も同じ気持ちを味わいながら、
ずっと一緒に生きていくんだと思うし、私はそれでいい。


同じ現実の中にいることだけが、一緒に生きることじゃない。
いつも熱烈に想い続けることだけが、愛することじゃない。


そういう在り方を腑に落として今またここに来られて、良かった。


心から、そう思う。



0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。