2014年10月10日金曜日

20141010

忘れてはいけないことだからと言って、共有しても誰もハッピーになれないような文字で残したり、それによって私を心配してしまう人がいるってことに気づけないあたり、本当にまだまだ人として狭い。


昨日の出来事は、一晩かけてちゃんと受けとめて、昇華した。


私が覚えておけば良いのは、あの時あの場にいたのが他の誰でもなく私で良かった、ということ。
死者の魂と接することが日常的にあることで、人とは違う死の捉え方をしていることが今までどことなく後ろめたかったけど、今後生きている誰かの心の役に立てるかもしれない上で、その捉え方こそがメンタルの強さを支えてくれていること。
そしてこれからますます、死の場面に触れる機会やそれによって深い悲しみや傷を負う人と相対する機会が増えるであろうこと。
そのとき自分にできることが何なのか、ということ。


どんなにびっくりするような出来事も、ちゃんと受けとめればその時は少し痛くても、たいした傷にはならない。


自分を特別視するつもりはないけど、亡くなった者の魂や見えないものの声をきちんと聴いて伝えることで、人の心が確かに救われることがあることを昨晩私自身が心底実感できたから、これからは自分の身を護ろうとすることも厭うこともなく、まっすぐ向き合っていけるだろうと思う。


心に無理がかかりそうになったら、誰かが必ず助けてくれる。

だから無理せず、がんばれる。


観音様に、お祈りをした。
亡くなった魂があなたと共にありますように。
残された人や関わった人の悲しみや苦しみが、少しずつそれぞれの形で癒えてゆきますように。




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