2014年10月31日金曜日

20141031

深夜から朝に飛んで、今また夜。
サンフランシスコに来ました。

明日の早朝にはホテルを出て、シャスタへ向かう。

クリスタルガイザーでおなじみのマウント•シャスタは、私の魂がもっとも落ち着く場所でもあり、世界でいちばん好きな石屋さんがある場所でもある。


今回はサンフランシスコから車で北に行ったり南に行ったりする予定。

2週間足らずの短い旅だけど、きっとまた忘れられない日々になるんじゃないかと思う。
ワクワクワクワク。

2014年10月30日木曜日

20141029

展示会ではない期間にもアクセサリーのオーダーが少しずつ入ってくるようになって、とても嬉しい今日この頃。

一点もののジュエリーを作るときはいつも、石たちと話しながら、持ち主のことを考える。
必要な石のことだけじゃなく、どんなデザインが好きかな、とか、モチーフは何にしようかな、とか、そういうこと。

それができるのは、オーダーしてくれる人の顔が見えて、多かれ少なかれ一緒に過ごした時間があるから。


そのことをすごく、しあわせに想う。




今日は2点のアクセサリーがお嫁に行った。



ひとつは、HIMIKAの別注のネックレス。

大きめの原石とHIMIKAのモチーフの組み合わせはもともと自分用のアクセサリーに作っていたもの。

それを見てデザインを気に入ってくださった方に作ったのが、これ。

オーストラリアからやってきた「しあわせのオパール」とHIMIKAのパーツ、そしてウォーターメロントルマリンに、18金ワイヤーで飾りつけ。


持ち主の手に渡った途端、オパールの色がどんどん変わって、彼女のいちばん好きな色だというブルーグリーンがキラキラ光る。

デザインや石にまつわる意味をお話したり、お手紙に書いたりすると、余計に愛着を持ってもらえるのが本当に嬉しい。

人間も石もおんなじくらい喜びに満ちて、笑う。
その表情を見る時が、ジュエリーを作っていていちばんしあわせな瞬間。


もうひとつのオーダージュエリーも、18金で作るブレスレット。


最近はゴールドやダイヤモンドの価格がどんどん高騰していることもあって、20~30㎝で数千円もしてしまう18金ワイヤーを使っての作業は、緊張感満載の一発勝負。

でも、仕上がるとやっぱり美しさが全然違うから、どうしても18金やせめて10金のゴールドは使いたい。


ワイヤーワークの腕をもっともっと磨いて、今年の冬からはいろんな形の原石で作る一点もののジュエリーも増やしていけたらいいな。

2014年10月28日火曜日

20141027

先日、イサム•ノグチの庭園美術館に行った時、円形の石壁で外の世界を遮断したという彼のアトリエの中に、不思議な形の木を見つけた。

ガイドの人に聞いたら、それは大きな楠で、幹を2メートルほどあらかじめ地中に植えてしまって、太い枝から先だけが地上に出るように計算されて植樹されたのだという。


石の形を見た途端にきっとその石の変身した後の姿を浮かべていたであろうイサム•ノグチの目に映っていた世界の有り様を垣間見た時、このところずっと考えていたことのひとつでもある空間の在り方について、ひとつの大きなヒントを得たような気がした。


理想の空間を作ろうとする時、もとからある自然や環境に委ねるのもひとつの方法ではあるけれど、それはある意味安易な分、永続的な完成度は求められないのかもしれない。

変わってゆく可能性の高いものはあくまでも借景にとどめておくくらいが良くて、本当に自分が理想とする心地よい空間というのは、たとえそれがどんなにミニマムなものだとしても、とことん計算しつくして作りあげる方がひょっとすると長くその心地よさを残すことができるのではないか。

なんていうようなこと。


東京に戻って来ると、外に出ても家に帰っても私のいる空間は雑然としている。

頭の中の糸がどんどんこんがらがって、とてもすさんだ気持ちになる心地悪さの中で、あの無作為のようで太陽の光や音までも計算しつくされたぶっきらぼうで美しい空間のことを想うと、少し情けない気持ちになる。


もっともっと、シンプルになりたい。


もっともっと、静かでいたい。


難しいなぁ。















2014年10月24日金曜日

20141024

しあわせな朝寝坊で目覚めた今日はお昼の船で豊島に渡ってアートな一日を過ごすはずが、船の時間を間違えて行けずじまい。

仕方がないから13時の船に乗って、それから電車で岡山へ。

夜の約束までに島に帰るには3時間後の電車に乗らなくちゃならなかったから、駅の周りをチラリと廻るくらいしかできなかったけど、おかみさんがお宿仕事の手間賃をくれたから、久しぶりにお買い物。


自分用には、大麻とウールで編んだ靴下と蜜蝋のクリーム。

お母さんにオリーブの無添加化粧水。

お友だちのパン屋さんのお誕生日と2周年のお祝いのプレゼント。

おいしいおすそわけをたくさんしてくれた近所のおばちゃんに、よろこび、という名前のお茶。

今日の英語のクラスにやってくる子どもたちに、お祭りの太鼓がんばったねおやつのドーナッツ。

おかみさんには、お花。

東京で待ってる人たちの顔もいっぱい浮かんだけど、おみやげを選ぶには時間が足りなかった。


たくさんの袋を抱えて帰りの電車に乗りこんで、kyteを聴きながらいちばん好きな夕暮れ時の空を眺めていたら、ささやかな幸せがふつふつとこみあげてきた。


日常よりも旅先にいる方が、いつもよりたくさんの人が心の中にいる。

傍から見たらひとりでも、私はいつも、たくさんの誰かと一緒にいる。


そのことが、とてもとても、嬉しかった。



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もはや家族同然のくらやのおかみさんが旅から帰ってきて、残りものともらいものばっかの手抜きご飯をふたりで楽しく嬉しく分け合って食べた。

夕方に、仲良しのパン屋さん夫婦から明日の夜に大きなパンを焼いて大きなホットドッグ作るけど食べに来れる?ってメールがきて、そのあとにいつも良くしてくれる近所の60代のおばちゃんがガラガラっと玄関の戸を開けて、土曜のお昼においしいうどんを食べに行こうってちょっと照れながら誘ってくれた。
(香川のおばちゃんたちは、カフェ感覚でうどん屋に行くんだ。)


この2年で、直島に来たのは5回。過ごした期間は4ヶ月弱。

時間を積み重ねてできてゆく、静かで温かな絆、みたいなものを、大切に、かみしめている。



2014年10月23日木曜日

20141023

今回の直島での過ごし方は、これから先のどこかで、ひょっとするとこんな感じで暮らすのもいいのかもね、と思う暮らし方の練習をしているようなところがある。


ほんの少し前に、私には新しい夢ができた。

シャスタにあるThe Crystal roomみたいに、エネルギーが高くてキラキラしている石たちや美しいジュエリーやヒーリングアートや音楽が売っているお店を作ること。

できれば同じ建物の中に、おいしいお茶を飲めるスペースや、作業のできるアトリエや、旅人が泊まれるお部屋があれば、なおいい。

そんな夢を思い描いた瞬間に、霧が晴れたみたいに気持ちも未来も明るくなった。
だから今はその夢に向かって、少しずつできることをやろうとしているところ。


直島でいつも私が暮らしているくらやさんは、ギャラリーとカフェとB&Bを併設している。

スペース的な問題とB&Bが忙しくなりすぎて、カフェやギャラリーは最近お休みにしていることが多く、私がアーティストインレジデンスでお留守番に行く時は滞在制作メインだから、宿泊のお客さんを入れることもないけれど、今回はあえてギャラリーで展示をしながら不在のオーナーさんの代わりに宿泊のお客さんのケアも仕事として引き受けることにした。

10月は空いているはずが、今年はどういうわけか海外からやってくる人が島中たくさんいて、英語OKを掲げているこのお宿にも毎日お客さんがやってくる。

フルで予約を入れてしまうと回らなくなりそうだったから、最大3組8人までにしてもらっていたのだけれど、それでもこの9日間はお休みもなくずっとてんてこまいの日々。

毎朝6時すぎに起きて、8時までにお客さんたち用の朝ごはんとネコ6匹の朝ごはんの支度。
みんながご飯を食べている間に身支度を整え、食べ終わったらささっと自分の朝ごはんを済ませて、チェックアウトや外出で空いた部屋から順にお布団をたたんで掃除をし、ティーセットやアメニティやタオルなんかをセットする。

ギャラリーは11時にオープンだから、それまでに買い出しと客室の支度を済ませておいて、ギャラリーを開けてから、時間内にできなかった洗い物や2つあるネコのお部屋の掃除をする。

ランドリーサービスを頼んでいないから、枕やシーツやタオルもみんな洗濯。
ひとつひとつはたいしたことのない作業でも、量が多いとやっぱり時間はかかる。

ここまでぜんぶ終わったら、ギャラリーの脇の小さな椅子に座って、ようやくひといき。
展示の時間がいちばんのんびりしているっていうのも妙だけれど、時々やってくる人々と軽くお話をする以外は、ネコと遊んだり空を見たりしながら、チェックインのお客さんを待って夕方まで過ごす。


どんなことでも実際にやってみないと見えてこないことがたくさんある。

夏にも少しだけ同じような生活をしてみて、その時は慣れないことだらけでてんてこまいだったけど、今回はやるべきことの内容がわかっている分、何が必要で何が必要じゃないか、とか、自分だったらどんな空間でどういうペースでやるか、どこまでの範囲を自分でやって、どこからを外に頼むか、とか、そういう細かいことに考えをめぐらせることができている。


始めたはいいけれど、続けられないんじゃ意味がないから、こういうふうに今から練習しておけばきっと、いつか実際に夢が現実になった時にきっと役立つ。


すべてのお客さんのチェックインが終わって、ネコたちの夜ご飯が終われば、あとの時間は比較的自由に使えるから、お散歩をしたり、こちらの友人たちとご飯を食べたり、自分の作業をしたりもできる。

もっとヒマな時間があるかと思っていたけど、なんだかんだと約束が入ったり、東京から友達が遊びに来てくれたりで、わりと忙しい日々。


未来のことを考えるときふと、私はこれからもずっと、たくさんの友達に助けてもらいながらもひとり身で夢を実現していくのかなぁ、と淋しくなることがある。

実際、ひとりでやる方が楽なことはたくさんあるけど、誰かと寄り添って一緒に楽しんでいけたらもっといいし、そういうふうに生きていきたいけど、心のどこかで、この世界にはもはや私とつがいで生きてくれる人なんていないのかもしれないな、と少し諦めていたりもする。

まぁそればかりは嘆いても考えてもどうにもならないし、今はできることを丁寧にやりながら、毎日ちゃんと実感を持って過ごしていきたい。




2014年10月19日日曜日

20141019

昨日と今日は直島・本村地区のお祭り。


昨晩は宵宮祭で、かけ声をかけながら太鼓をたたく男の子を乗せたお神輿と、三味線や鳴り物で練り歩く女の子の山車が神社の参道を降り、町をグルリと回ってまた神社へ戻る。



きれいにお化粧をした子供たちはみんな神妙な表情で、自分の役割をしっかりこなす。


夜の闇の中に浮かぶその姿はとても幻想的で、美しい。


そして今日は本宮祭。

太鼓のお神輿と鳴り物の山車に加えて、いよいよ八幡の神さまを乗せた金色のお神輿の登場。

この土地の風習で、担ぎ手がお神輿を高く上げた時、お神輿にお賽銭を投げてくぐって戻ってくると福を頂けるのだという。


数時間に渡る練り歩きは、ただ担ぐだけでなく、途中で何度も激しい太鼓の音と共に、お神輿を上下に大きく揺らす。


担ぎ手も大変だけれど、すごいのは一度も途切れることなく完全にそろった太鼓を鳴らし続ける子どもたち。


太鼓の男の子のうちのふたりは、直島に滞在している時に代講している英語塾の生徒たちでもあった。

普段の姿も知っているだけに、その雄姿にとっても感激して、何度となく涙があふれてしまった。


今日はお神輿を見た後、食材を買いに近所の小さな生協へ寄ったのだけれど、この感動をどうしても誰かに伝えたくて、いつもレジにいるけれど挨拶以外したことのなかったおばちゃんに、とってもいいお祭りですね、感激しちゃった!と思いきって話しかけてみたら、おばちゃんは少しびっくりした後、お祭りにまつわるいろんなことを教えてくれた。

さらに、「あんたはどっちかっていうと、祭りを見てるより私も神輿の上で太鼓叩きたい!って立候補する方やろ」と云われて、おばちゃんの意外な洞察力(失礼!)に今度は私がびっくりした。

私は小さい頃、お神輿の上に乗って担ぎ手をあおる人になるのが夢だった。

それはともかく、どうして猫をかぶったおとなしい挨拶しか交わしていないのに私のキャラクターまでバレていたのか、不思議でならない。



最初にお祭りのことを教えてくれたのはいつも親切にしてくれる近所のおばちゃんで、昨日の夕方には「今日はお祭りやからな」と云って、美味しいお煮しめとおこわを持ってきてくれた。

たくさんあったから、ニュージーランドから泊まりに来ていた老夫婦にも少しおすそわけしたらとても喜んでくれて、そのことを今日またおばちゃんに話したら、今度はもっとたくさんのお煮しめとおこわと、お魚のフライや高野豆腐まで持ってきてくれた。

かえって申し訳ないことをしちゃったかな、と思いながらも、おばちゃんはとってもとっても嬉しそうな顔をしていて、こういう形でみんな嬉しいのっていいな、と思い直した。


太鼓の男の子の父親でもある行きつけのカフェのマスターは、お祭りの見どころの時間や場所をぜんぶ教えてくれただけじゃなく、宵宮祭のあとの内輪での賄ご飯にも呼んでくれて、20人くらいの人たちと楽しい時間を共有できた。



同じ場所を何度も訪れて暮らすように過ごす旅のいちばん素敵なところは、地元の人との関わり方が少しずつ変わっていくこと。


日本の地方の多くは、外から嫁いできたというだけで、たとえ何十年そこに住んでいても「よそ者」扱いされてしまうような慣習がまだ多く残っているから、旅人なんていうのはそれこそよそ者以外の何者でもないけれど、一見さんに対する親切とはまた違う、時間を少しずつ重ねていって生まれる親しさやほんの少しの仲間意識みたいなものがあるだけで、旅の日々の密度も変わってゆく。


いわゆる故郷をもたない私には、帰れる地元がない代わりに、たくさん故郷を作ることができる。

直島も、土地としては別にそれほど好きではないし、景色だけで云えばもっと好きな場所は山のようにある。

それでも何度も帰りたくなるのは、帰れる場所と機会があるからというだけではなく、そこでまた会いたい人たちがいるからだ。


いつかどこかに定住するかもしれないし、結局どこにも定まることなく生涯を終えるかもしれないけど、どちらにしても、人生を送る上で、あるいは生活をする上で大切にしたいのは、「どこで」と同じくらいに「誰と」なんだとつくづく思う。


明日は、突然東京から友達がひとり来てくれることになった。
それを話したら、こっちの友人たちが夜に宴をしてくれることになった。


そういうのもまた、すごくすごく嬉しい。
ありがとう。

2014年10月18日土曜日

20141017

印象的な出来事がふたつ。


今回の滞在では、いったい自分がどこにいるのか時々わからなくなるくらい、英語三昧の日々を過ごしている。

宿屋のお仕事をオーナーさんの代わりに引き受けたら宿泊客が全員外人だし、展示を観に来てくれる人の中でも、ゆっくり観てくれたりお話をしたりするのは外国の人ばかり。


私はなぜかよく英語が話せると勘違いされているけど、実のところ、発音がそれっぽいだけで、まともに会話をする語彙力はあんまりない。

今回はListen to your heart cardの原画33枚を展示しているから、裏に書いてあるメッセージもできる限り英語で伝えたいのに、ちっともうまく伝えられなくて、もどかしい。

それでも、宿の仕事でも展示でもスパルタ英語塾みたいに次から次へと質問をされて、そのたびに、これはどう云えばいいのかな、と考えたり、うまく説明できなかったことをあとで辞書で調べなおして次はこうやって云えばいいのかな、と予習したりしていて、これは本当にいい機会をもらったものだ、とつくづく誰かに感謝している。


そういえば一か月くらい前、猛烈に、もっと英語が話せるようになりたい、練習したいって願ったっけ。
やっぱり、必要な願いは叶うし、叶わない願いは必要じゃないのかもしれない。


そんな中、今日展示を観てくれた方の中に、50代後半くらいのフランス人の男性がいた。
とても丁寧に絵を見てくれた後、旅人とよくする類の世間話をしていたら、その人がおもむろに、私も絵を描くんですよ、ただの趣味ですがね、と言って、大きなリュックの中に入っていたとても素敵な色鉛筆のセットやたくさんの画材が入ったケースを見せてくれた。

旅先に持ってくる趣味にしてはあまりにも本格的なお道具だったから、作品も見たいです!とお願いしたら、彼は一冊の小さな、でも分厚いスケッチブックを見せてくれた。

そこには、この一か月日本を旅している間に見たさまざまなもののことが、日記のような文字と共に描かれていたのだけれど、これがもう素晴らしい。

色鉛筆や黒インクで描かれた詳細な風景画もあれば、渋谷のスクランブル交差点の抽象画や、筆で描いた日本語のカリグラフィもあったし、いろんなフライヤーやパンフレットを切り貼りしたコラージュもたくさん。

そのすべてがとてもハイセンスにまとまっていて、どのページも美しく、それでいて旅の記憶もしっかりと残っている。

絵に関していえば、私には才能も技術もないから、はなから誰とも比べたりしないけれど、こんな素敵なものをサラッと作ってしまう人に作品を観てもらえて本当に嬉しいなぁ、こんなふうに日々を残せたら楽しいだろうなぁ、と会ったばかりのその人に対して尊敬の念を抱かずにいられないほど、私は彼が自分のためだけに作っているそのスケッチブックの中の世界が好きだった。


でも、それをどんな言葉で伝えたらいいのかわからない。
仕方がないから表情とリアクションで表現してみたけど、本当はもっとちゃんと、言葉にして伝えたかった。


するとそのおじさんは私に、「私はきみの作品がとても好きだよ。きみの作品には、“Feeling”がある。私も絵を描くとき、技術よりも何よりも“Feeling”を大切にしているんだ。私はきみの描くものに、自分と同じオーラを感じたよ。」と云ってくれた。

それからおじさんは、仕事をやめて旅をしていること、お金はないけれど、たくさんの自由な時間の中でいろんな人やものとのひとつひとつの出会いがいかに素晴らしく楽しく、それらに出会えることがいかにしあわせかを実感していること、そういう生き方を選ぶことができて良かったと心から思っていることを、とても優しい目で語ってくれた。

その言葉たちがスーッと私の中に入ってきたのはきっと、それがおじさんの心からの言葉だったからだろう。


おじさんとの別れ際に、私も心からの言葉で“Really nice to meet you."と云っておじさんに握手を求めたら、その優しい目に涙が浮かんでいた。


夕方、ギャラリーを閉めたあとで郵便ポストをのぞいたら、一枚の絵ハガキが入っていた。


裏側に、フランス語でのその絵の作者についての紹介と、その絵が飾られた展示会の詳細が書かれており、その一部分、人の名前のところに線が引かれていた。

それは、おじさんの名前だった。さっきのスケッチブックの中に、カタカナで「リチャード」と書かれたカリグラフィがあって、覚えていた。


気になって、あとからその名前を調べてみたら(これができてしまうインターネットは便利だけどおそろしい)、おじさんはフランスのいろんな美術の学校でずっと先生をしていた人だった。
おじさんはきっと私にはフランス語はわからないと思っているだろうけど、おじさん、私、実は仏文科だったんだ・・・。

趣味だなんて、とんだ嘘だ。
だけど、おじさんはきっと、先生をやってるなんて言ったら相手が臆してしまうのをわかっていて、私が自分のことを話しやすいような空気を作ってくれた。

きっとおじさんの生徒たちはみんな、こういうふうに向き合ってもらいながら、自分のスタイルを見つけていったんじゃないだろうか。


私は絵についてきちんとした教育を受けたわけじゃないけど、自分なりのアートを創る上で大切なことはいつも誰かが教えてくれる。

そういう巡りあわせに出くわせることに、心から感謝した。


おじさんに会うことはもう二度とないかもしれない。
でも、いつか私がおじさんの住んでいるモンサンミッシェルの近くで展示をやることができたら、また会えるかもしれない。

そんな新しい夢を、おじさんは私にくれた。



そして夜にもまた、もうひとつ不思議な対話があった。


宿泊のお客さんカップル(外人)がお昼間の出がけに私の目の前でものすごい大ゲンカをして、そのままふたりは一日中別行動をすることになったのだけれど、男性の方が途中で戻ってきた時に、恥ずかしいところを見せてしまって申し訳ない、とわざわざ謝りにやってきて、少しばかり話をした。

夜になって、部屋を追い出されてしまったその男性が何か食べるものが入っているらしいビニール袋を持ったまま中庭のテラスに座ってしょんぼりしているので、中にテーブルがありますよ、と食卓に通したら、ありがとう、と云って来たものの、“Are you OK?"と尋ねた瞬間に、“I'm not OK”と応えて、涙ぐんでしまった。

私の二倍くらいありそうな大きな人がしょんぼりして泣いてしまっては放っておくわけにもいかず、その上、レストランがぜんぶ閉まっていて唯一買えた食べ物がこれだった、というビニール袋の中にお水とバナナしか入っていないのにびっくりしてしまって、明日の朝用に美味しいパンを買ってあるけど、食べますか?と尋ねたら、小麦アレルギーでパンは食べられないんだ、というからさらに気の毒になってしまい、少し考えて、自分の夕食用に支度していた焼き魚とご飯とお味噌汁にサラダをつけて、彼に出した。

すると今度は彼の方がびっくりして、お金を払うよ、と云われたのだけど、お金をもらうような代物ではないし、別にしなくてもいいことをしているわけだから、「私はいつも悲しい気分のときに友達や誰かと一緒にご飯を食べたり作ってもらったりすると元気が出るから、同じことをするだけ」みたいなことをなんとか伝えたら、彼はなんとも言えないような顔をして、それからお魚を食べて、すごく美味しい、ありがとう、と笑って、みるみるうちに元気になっていった。


それから、お互いにこれまで見たいろんなアートの話から、音楽の話になり、彼も音楽をやっている人だというのがわかり、私の作った音楽に興味を持ってくれたのでiPhoneに入っていたforumiをかけたらご飯を食べている間に最初から最後までしっかり聴いてくれて、ご飯のお礼のお世辞ではなく心からの賛辞や、きみは自分の音楽をもっとたくさんの人に聴いてもらうべきだ、とか、ライブをやった方がいい、とかいろんなことを云うので、話を変えようと作品の説明をしだしたら今度はforumiが生まれたいきさつのとてもプライベートで込み入った話になり、そこからさらに宗教論になり、私の話す神さま論やそこに至るまでの経緯が彼にとってはとても興味深いものだったことから、実は彼も子どもの頃からサイキックだったことや、家族や彼自身の信仰上の理由でそのことと信仰との折り合いがつかずにずっと悩んできたこと、それをほとんど人に話せなかったことも教えてくれた。


まさかしょんぼりバナナからここまで話が発展するとも思わず、しかもすごくおもしろい話だったから、時間も忘れて話し込んでいたら、お散歩から戻ってきた彼女が鬼の形相で立っていて、そのままふたりは2Fに上がり、私はそのあと地元の中学生の英語のクラスをやって自分のご飯を作って後片付けをして猫の世話をして、なんてことをしているうちに、ふたりはどちらかが出ていくこともなく眠りについていて、とりあえずホッとした。


彼女とも少しだけ話をしていて、ふたりともとても繊細で優しい人たちだったから、明日は笑顔になってくれたらいいな、と思う。
一方で、彼女にとっては私のしたことはとても腹立たしかったかもしれない、たぶんこういうところがいけないんだろうな、と反省したりもした。


彼との会話を通してふと、私は日本人として、そして女性として生まれてきた時点で、「受け入れる」という素質をすでに持っていたことや、気づかないうちにそれに救われてきたであろう部分がたくさんあったかもしれないことに気づいた。


そして、こんな一期一会の中でも、人は誰かと向き合うたびに何かしら気づくことがあって、それが何気ないようですごく大切なことだったり、それでも明日になったら行き過ぎていったりすることそれ自体がとても不思議な奇跡のように感じられた。



と同時に、まだなんとなくの感覚でしかないけれど、これから自分の歩んでゆく道の先にあるものがほんの少しだけその輪郭を現してきたような、そんな気もしている。



なんにせよ、慣れないお宿仕事と展示とでほとんど休む暇もない数日の疲れがピークに達していたから、こういうふうに丁寧に人と話す時間を一日に二度も持つことができたのは、私にとってすごいご褒美。



大切なことは、やっぱりもう、この流れの中に含まれているんだ。



今日あった出来事とそこから感じたことを、対話の不足からギクシャクするようになってしまった大事な友達に伝えたい、と思ったけど、これを書いていたら長くなりすぎて私の充電が切れそうだから、またあらためてタイミングが来たらお手紙を書こうと思う。


明日の朝は、いちだんと心をこめて朝ごはんを作ろう。
たとえ、ほとんど切るだけだとしても。



2014年10月16日木曜日

20141016























いつもの場所で、空を見ている。























私の隣にはルルがいて、絵の隣には別のネコがいる。



風の音。虫の音。小鳥の声。
時々、通りすぎる自転車と、港の船の音。


ここは静かで、時間が止まったまま。


何食わぬ顔をした運命がまた、あの木戸をくぐって入ってくればいいのに。












こんな気持ちの時は、小さなあの海へ行く。

夕暮れの少し前の時間帯の、なんともいえない青がすごく好きだ。






2014年10月14日火曜日

20141014

高松空港から港に向かうバスの窓からある景色を見た途端に、思わず悲鳴をあげそうになるくらい心がヒリヒリ痛んだ。

と同時に、私は本当にちゃんと自分の心に出会って仲良くやれるまでになれたんだ、とどこかホッとした。


この街には、私史上最高にしあわせだった夏の日の24時間の記憶がひそんでいる。


12月と2月にも同じ道を通っているはずなのに、その時どうやって直島までたどり着いたのかまったく思い出せないのはたぶん、悲しみでいっぱいだった心がそれ以上壊れてしまわないように、しっかり目を閉じて私を眠らせてしまっていたからだろう。


食材とコーヒーを買ってフェリーに乗りこんでから、久しぶりにforumiを聴いた。
夕暮れ少し前の海の上で、船のノイズに紛れるいつかの調子っぱずれな歌声はそれでもどこか別の次元にいるみたいに澄んでいて、私は今まででいちばんまっさらな気持ちで、あの大切な子の不在がさびしかった。


美化して整頓してしまうこともできた。

事実、東京でずっと過ごしていたこの数か月の間に、記憶も想いも少しずつ風化していくような感覚は確かにあったし、たとえほんの一瞬だったとしても、魂がずっと渇望していた感覚が満たされる瞬間があったことにようやく心から満足できた時、言い聞かせるでもなく自然と、静かな何度目かの終わりを迎えられたような気がしていた。



でも。

見たこともないくらい緑色をした海の上で、ひとりのことだけを想って全身全霊で作った音楽を聴いている私の奥底から湧きあがってきた感情はただ、会いたい、だった。


私から会いに行く術は自らぜんぶ失くすことを選んだのに。
船の上でひとり、涙目で苦笑する。


だけどきっと、たとえ会うことがなくたって、これからもこうして何度も同じ気持ちを味わいながら、
ずっと一緒に生きていくんだと思うし、私はそれでいい。


同じ現実の中にいることだけが、一緒に生きることじゃない。
いつも熱烈に想い続けることだけが、愛することじゃない。


そういう在り方を腑に落として今またここに来られて、良かった。


心から、そう思う。



INFORMATION

やっとこさ、LOTOLのWEBサイトをリニューアルして、私の現在の活動内容もひとまとめにしたページを作りました。

HIMI KIYONO WORKS


アクセサリーやアートのオーダーは、展示やワークショップの時でなくてもメールやタイミングが合えば個別にお会いして受けたりもしているので、気軽にご連絡ください。


なんて云いつつ、明日からまたしばらく旅なんだけどね。


ちなみに、今週16日(木)~22日(水)までは、直島のギャラリーくらやでちいさな展示をやってます。





2014年10月13日月曜日

20141012


さっき、あんまり咳がとまらないのに嫌気がさして床にゴロンと寝っ転がったら、ベンチ棚の端っこでひっそり佇むカリンバと目が合ってしまった。

いくつかの、小さな宝物みたいな記憶が薄れて埃をかぶるくらいまで、しばらくしまいこんで知らんぷりを決めこむつもりが、甘いしまい方によって早くも再会。


・・・久しぶり。
たまには遊ぼうか。


ポロン、と優しい音が、夜に響く。


練習しないからあたりまえだけど、頭の中で鳴ってる音を出したくても指がすぐつまづいてしまう。


もどかしいながらも時々うまく弾けると嬉しくて、ポロンポロンと可愛い音を鳴らしながらふと、美しい音楽を誰かと一緒に奏でるには、相手の存在に全身全霊を傾けてひとつの音を奏でる意識がなければうまくはいかないけれど、それ以前に自分の出す音を完全にコントロールできなければそもそも成り立たないんだな、なんてことを考えた。


Practice makes perfect.


才能とセンスの可能性を信じるなら、まず練習からってか。


次の旅、一緒に行くか、カリンバよ。

きみがいい相棒になる頃には、誰かと美しい音楽を奏でていたいよ。






2014年10月12日日曜日

20141011

ハワイに住んでいる親友が、数年ぶりに一家で日本へ遊びに来ている。

先日会った時、小学生になった下の子が、プレゼントがあるの、とポケットからおもむろに小さな袋を取り出した。

その中には、先端がポイントになっているクリスタルとアメジストが入っていた。


クリスタルチルドレンの彼は、赤ちゃんの頃から石が大好き。

学校の野外授業で、石の研究をしている人に会ってもらったんだよね、と親友が彼に話しかけると、彼はちょっとだけ得意気に、『Scientistっていうんだよ』と応えて、私にアメジストをくれた。


アメジストは、小さい頃から大好きなだけじゃなく、なんとなく縁のある石。

必要でもそうでなくてもきれいなアメジストを見つけるとついつれて帰ってしまうし、サイキックになって最初に選んだ指輪も、ヒーラーになる前にハワイ島で選んだ大きなクラスターも、一年前の札幌で過ごした時間に心を支えてくれたのも、それぞれ色の違うアメジストだった。


また再び大きく変わってゆく日々の前に、甥っ子同然に愛している子がその石を贈ってくれたことが、とても心強くて、嬉しい。


そして、石はもうひとつやってきた。


去年の9月にハワイに行った時、結婚指輪の石が取れてしばらく着けられないと悲しんでいた親友に渡していた、元祖一粒ダイヤの指輪は、この間手放した一粒ダイヤの指輪の先代にあたる、がんばれ指輪だった。


その指輪の存在もすっかり忘れていたけど、サプライズのギフトみたいにやってきて、まつわるストーリーをおぼろげながら思い出したら、ちょうど約1年の不在もこのタイミングで帰ってきたことも、まるで必然みたい。


人に石を選んだりあげたりすることは多いけど、もらうことはほとんどないし、自分に必要な石はいつも自分で選ぶことにしている。

でも、大好きな子が心や時間を共にした石は、自分で選ぶ石とはまた違う力で、私を支えてくれるような気がする。


ありがとう。
大切にする。


アメジストもダイヤも、嬉しそうにキラキラしてるよ。








2014年10月10日金曜日

20141010

忘れてはいけないことだからと言って、共有しても誰もハッピーになれないような文字で残したり、それによって私を心配してしまう人がいるってことに気づけないあたり、本当にまだまだ人として狭い。


昨日の出来事は、一晩かけてちゃんと受けとめて、昇華した。


私が覚えておけば良いのは、あの時あの場にいたのが他の誰でもなく私で良かった、ということ。
死者の魂と接することが日常的にあることで、人とは違う死の捉え方をしていることが今までどことなく後ろめたかったけど、今後生きている誰かの心の役に立てるかもしれない上で、その捉え方こそがメンタルの強さを支えてくれていること。
そしてこれからますます、死の場面に触れる機会やそれによって深い悲しみや傷を負う人と相対する機会が増えるであろうこと。
そのとき自分にできることが何なのか、ということ。


どんなにびっくりするような出来事も、ちゃんと受けとめればその時は少し痛くても、たいした傷にはならない。


自分を特別視するつもりはないけど、亡くなった者の魂や見えないものの声をきちんと聴いて伝えることで、人の心が確かに救われることがあることを昨晩私自身が心底実感できたから、これからは自分の身を護ろうとすることも厭うこともなく、まっすぐ向き合っていけるだろうと思う。


心に無理がかかりそうになったら、誰かが必ず助けてくれる。

だから無理せず、がんばれる。


観音様に、お祈りをした。
亡くなった魂があなたと共にありますように。
残された人や関わった人の悲しみや苦しみが、少しずつそれぞれの形で癒えてゆきますように。




2014年10月8日水曜日

20141008


月食には「死と再生」のエネルギーがひそんでいる。

必ずしも魂と身体の在り方だけが死と再生を示すわけではなく、人生の中での大小さまざまな別れや出会いもまた、小さな死と再生のように私には感じられる。


10日前に、一枚の絵が完成した。
ずっと描きたかった、『永遠の一瞬』の絵だった。

完成したばかりのその絵をお気に入りの窓辺にたてかけた数秒後、窓の外から突風が吹いて、絵がバタン、と倒れた。

あわてて絵を起こすと、大きな亀裂が入っていた。


呆然とする私に、その絵を描くきっかけと場所とを与えてくれた人が、これは亀裂が入ったことで完成したんだよ、となぐさめるように言ってくれた瞬間、完成したことでひとつの終わりを迎えたはずのその絵が新しい生を始めたような気がした。


二度ともとに戻せない亀裂は、いくつかの新しい記憶を瞬時に与えた。

風のせいで忘れえなくなったその場所の気配。手放すつもりで描いたものへの強い愛着。大きな絶望の奥で叶ったささやかな願い。信じる強さ。

それらはみんな、描きたかったものが目の前にある幸福感に満ちた完成の瞬間には存在しなかったもの。


亀裂の入る前と後、どちらがこの絵の完成形だったのか、わからない。

けれども、五感が体験した何ひとつそのままの形で残すことができないように、あらゆる喜怒哀楽も、悟りも絶望もやすらぎも信頼も失うことも愛することも、なにもかもが形を変えながら通り過ぎてゆく繰り返しの中で、自分にとっての永遠の一瞬をひとつならず刻みこむことができたというそれ自体、偶然のような顔をした何かがくれた奇跡だ。

ちなみにこの絵を実際に見た人の幾人かから、きれいな空と海だね、朝陽にも夕陽にも月にも見える、と同じことを言われた。
私が描いたのはただ、これまで私と出会ってくれた愛しい存在たちへの感謝と今生きている喜びと、それらと融合して再生したこれからの自分の顔だったのだけれど、つたない画力のせいだとしても、人の目にはそれがこよなく愛する海や空や太陽や月に重なるのは、おもはゆくて、嬉しかった。


さっき出がけに、近所の老夫婦が空を見上げていた。
つられて同じ方向を見ると、月がもうかけ始めていた。

神秘的ですねぇ、とおばあさんが私に語りかけて、少しだけ一緒に月を見た。
嬉しくて、乗りこんだバスに誰もいなかったのをいいことに、もう月がかけ始めましたよ、と運転手さんに話しかけたら、同じ年頃のその人は、ほんとうだ!これから赤くなるんですよね、とバスのアナウンス用ではない声で笑って、信号待ちの数秒間、また一緒に月を見た。

渋谷駅の歩道橋ではたくさんの人たちが同じ方向にカメラを向けていた。


死と再生が同時に訪れるその瞬間を待ちわびる人の顔に浮かぶのは、少しの畏怖と輝く目、そしておそらく無意識の、笑顔、だった。


目に焼きつけたはずの月の光も、交わしたほほえみも、一生忘れたくないと願った瞬間でさえも、私はみんな、忘れてしまう。


それでも共に重ねた一瞬はあますところなく、私の魂のどこかで、永遠に輝き続ける。




『永遠の一瞬』
718mm×518mm
木板、アクリル、顔彩、オイルパステル、箔、ダイヤモンド










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夕方の澄んだお月に見とれながら、友だちのおうちへ。

彼女が丁寧に夜ご飯の仕込みをしている間は、おとなしく本を読んだり、おしゃべりをしたり。

それから1時間ほど、彼女が今学んでいるクラニオ•セイクラルというボディワークをしてもらったのだけど、これがとても面白くて、人間の身体が秘めているいろんな情報や可能性に改めて感嘆。

病院に行って途方に暮れるだけより、いろんなエネルギーの力を借りて自分の治癒力を信じる方が私にはやっぱり向いている。



身体がすっかり軽やかになったところで、本日の滋味ご飯。

自然栽培のお米やお野菜たちはみんな元気いっぱいの優しい味がして、お箸が止まらない。

一生懸命生きている身体の細胞たちも、壊れかけの脳の一部も、言葉になって出てゆく心も、ぜんぶでたくさんおしゃべりする、優しくて温もりに溢れる時間。

彼女といると、私はいつも、小さな子どもみたいになる。

今夜は気持ちよく眠れそう。ありがとう。

2014年10月7日火曜日

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母からのオーダーで、数ヶ月前に突然の交通事故で旦那さまを亡くされた母のお友達におくる数珠ブレスを作った。

そのお友達は私の幼稚園からの同級生のお母さん。
とても仲良しのご夫婦で、亡くなったおじさんは無口だけれど、道端でお会いするといつも優しく笑ってくれた。

見えないものの存在を近くに感じられるエンジェライト、心に受けた傷を優しく癒すインカローズとローズクォーツとアクアオーラ、おばさんによく似た上品で芯の強いラベンダーアメジスト、現実の中に新しい目標や夢を見つけるソーダライト。

そして、気配をいつも感じていられるように、おじさんによく似たグリーン色のストーンをふたつ選んだ。


どんな感情も最終的に受け入れて乗り越えるのは自分ひとりでしかできないけれど、母の想いと一緒にこの石たちがわずかでもおばさんの悲しみに寄り添ってくれたら、と願う。




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そうなることは最初からわかっているのに、一日中パソコンやiPhoneで誰かとやりとりをして、電磁波の低くて嫌な波長に自分をチューニングしてしまうと、夜にはすっかり不機嫌になってしまう。


イライラがつのってどうしようもなくなると、とことんイライラしてみる。

家人からすれば甚だ迷惑な話だけれど、そうしてイライラポイントを一日でたくさん稼いでしまえば当分イラだつこともなく、日々の平穏に心から感謝していられるのだから、とどこか打算的に考えているあたり、私は本当に性根が悪いのかもしれない。


そして、深夜になる頃、イライラが限界に達して頭が痛くなるほどになるとようやく、深呼吸をしに外へ出る。


吸っても吸わなくてもさして何も変わらない煙草なんぞを吸って、夜道をフラリとコンビニへ向かい、食べたことを明朝かならず後悔することがわかっているスナックを買って、また夜道をフラリと帰る。


やさぐれるにしてはあまりに些末な、何かに対する小さな抵抗、みたいなもの。


今夜は十三夜のお月がとても輝いていて、その澄んだ光にあやうくさっきまで必死で抱え込んでいたイライラがひとつ残らず吸いこまれてしまうところだった。

明日の朝の後悔を食べつくすまでは、残しておかなければならないというのに。


家に帰って、すっぱい味のスナックを何も考えず一気にたいらげる。
最後の一枚がなくなってシクシクと胃が痛みだす頃にはもう、イライラはすべて、消えている。


外では急に雨が降ってきて、出かけたのに雨に降られなかった私はなんて幸運なんだろう、とほくそ笑む私は本当に、性根が悪いのかもしれない。



遊びたいな。


こんな地味な遊びじゃなくて、もっと軽やかに楽しく。







2014年10月5日日曜日

20141005

2日間の小さなお披露目会にお越しくださった皆様、本当にありがとうございました。

嵐の今日は誰も来なくても仕方ないや、と作業日にする心づもりでいたのが、この展示のためだけに日帰り飛行機で(しかも帰りは欠航で新幹線)大好きなお客さんが来てくれて、もうそれだけでじゅうぶんだったのに、他にも車を走らせたり、台風でも大雪でも地方でも何食わぬ顔をしていつも来てくれるこれまた大好きな人たちのおかげで、ますますがんばる気持ちになれました。

HIMIKAががんばってる女子たちのがんばる目標になるって、本当に嬉しい。

小さな談話室Sのオーナー夫妻にも本当に親切にして頂いて。打上げがてら一緒にお食事をした時間もすごく楽しくて、良いご縁に心から感謝。

みんなも私もおうちにいるみたいにリラックスできる空間をお借りできたおかげで、クリスタルボウルも久しぶりにかなり集中して演奏できました。
人数の少ない回では、心のありようがそのまま伝わってしまったけれど、それもまた、とても優しい時間でした。

自分が欲しいものを作ってるのに他にも喜んでくれる人がいる幸せに感謝しながら、明日からまた、作ります。


2014年10月4日土曜日

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国際ミネラルアート&ジェム展へ。

今回は石を見に、ではなく、特別展示が天然石ジュエリーだったので勉強がてらのぞきに行ったはずが、結局何時間も石たちと遊ぶ羽目に。

特に目的もなく何十万個もある石の中から、これだ!という石を見つけるのは至難の業のように思えるけど、石はちゃんと人を呼ぶ。

私はどのブースに行っても、あなたは本当に石が好きなんですね!と笑われる。
難しいのは売り手との相性で、石を売る人は儲けることしか考えていないか石が好きでたまらないかの両極端だから、どんなに良い石でも前者の場合はつれて帰れない。


今日見つけた宝物は、2mmほどの小さな8面体のダイヤモンド。

8面体の透明のダイヤなんて見たことがなくて、あまりの美しさにすっかり魅了されてしまった。
売り子さんはなんだかぼんやりした男性(失礼!)だったのだけど、あとからやってきたオーナーらしきおばちゃまが、私が手にした石を見て、パアッと顔を輝かせる。

聞けばそのダイヤモンドは40年くらい前に当時のデビアスの社長さんがおばちゃまにプレゼントしてくれたものだったとか。

ずっとコレクションの一部にしていたんだけど、そろそろ手放そうかと思って持ってきたのよ、という。

頂きものだから原産地はわからないけど、質は間違いなく最高よ、と笑うその顔の明るさに、ぜひ譲ってもらうことに。

大切にします、と告げるとおばちゃんは帰りがけに、これ、ひとつお持ちなさいな、と言ってグレーの石をくれた。

フェアリーストーンって言ってね、持つ人に幸せを運んでくるのよ。

いくつかある中からおばちゃんと選んだ私のフェアリーストーンには、円空の掘る仏さまみたいなお顔が浮かんでた。


ちなみに他につれて帰ったのは、あなたは鉱物の研究をされているんですか?と真顔で尋ねられたユークセン石と、展示で使うキラキラのクリスタルとエレスチャル。

現在の財政状況ではあっという間に破産するから、あとはもう見ないで引き上げてきた。


その後、夜に友だちとご飯を食べた前後に道端で知り合いにバッタリ会う、が3回も続いた。

3回目にスタバで会ったのは前に数珠ブレスを作ったこともあるお客さん。
出くわした途端にぎゃーっと叫ばれて腰を抜かしそうになったけど、涙目で、ずっとお礼が言いたくて、すごく会いたかったの、と言われた。

春先、個展に来てくれた時は幸せの只中にいた彼女だったけど、そのあとにとてもとてもつらく悲しいことがあって、大切なものをたくさん失った。

その時、私の作ったforumiの音楽を毎日聴いてくれていたのだと言う。

個展の時はただいい音楽だなって思ってたけど、あのアルバムを作りながらキヨノさんが少しずつ悲しみを昇華させていったんだってことが、すごくわかったんです。私の悲しみも昇華されていったから。
そして、このブレスにもすごく助けてもらったの。本当に本当にありがとう。


彼女のブレスに目をやると、石たちはみんなクタクタに疲れきっていた。

でも、一粒もいなくなることなく、まるで彼女に寄り添うように一緒に歯をくいしばってがんばっている、そんな顔をしていた。


その後、友だちとコーヒーを飲みながら少し考えて、去年の冬からほとんど毎日着けていた一粒ダイヤのピンキーリングを彼女にさしあげることにした。

ダイヤのおばちゃまが私にフェアリーストーンをくれたように、私も気まぐれで持っている石やジュエリーをあげることがよくある。

悲しみや痛みを一生懸命乗り越えようとしている彼女に、がんばれの祈りを形として渡したい、と思った時に思いついたのが、その指輪だった。

私自身、この一年は人生でいちばん苦しかった。
去年の冬、そのいちばんつらかった時に、がんばれ自分指輪として買ったピンキーリング。

もう二度と笑えないと思うような悲しみのどん底から、今や私は完全に立ち直った。
だからその指輪は今がんばろうとしている人のところにあるのが良い。
そんな気がした。


ありがとうって何度も何度も言ったあと彼女は、私、また幸せになるようにがんばる、とお花みたいに笑った。

その小指で、小さなダイヤがアタシもがんばるってキラリと光った。

がんばれ。
私もがんばる。

今日一日の不思議な出会いもみんな、石たちが呼んだものなのかもしれない。

そう思うとますます、私は石たちを愛おしくおもう。







2014年10月3日金曜日

20141003




このところまた、眠れない病。


心が凪いでいられるように、頭をTo doでいっぱいにしてる。


いい風の音に誘われて部屋着のままフラリと外に出たら、すごくいい空。
期待せずに出会える景色の愛おしさ。


あたらしいネックレスが欲しいな。
とびきりキラキラしてるやつ。