2014年9月20日土曜日

20140920




よく行くカフェのオーナーが音楽の好みのとても合う人で、お店でかかっている曲はたいがい好きなのだけれど、先日もふと流れてきた曲がすごく気になって、これ、誰の曲?と尋ねたら、No.9だよ、と言ってその曲が入っているアルバムをくれた。

No.9といえばこれまでにも何度か彼から、キヨノちゃんはたぶんかなり好きなんじゃない?と言われていたのに、いつも、あとでちゃんと聴いてみよう、と思いながらそのままになっていた。


さっき、iPhoneの写真を整理していたら、九州をひとり旅していた時の写真の中に、このあいだ教えてもらったまさにそのアルバムのジャケが映っている写真を見つけて、ビックリした。

旅先で、たまたま入ったギャラリーで流れていた曲がやっぱり気になって、そのアーティストさんにアルバムのタイトルを教えてもらってメモ代わりに写真を撮ったのにそのまますっかり忘れていたみたい。


もらったアルバムを通して聴いてみたら、前からカフェで流れていた耳馴染みのある曲も何曲か入っていた。

あの時あのギャラリーで流れていたのがそれらの曲だったらきっとすぐに気づいたのに、別の場所で別の曲を聴いて結局同じアルバムにまたたどりついたっていうその縁が、なんだかとても不思議に思われた。


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人に対する突き放し方が自分とそっくりな人に出会った。

本当は誰にも離れてほしくなんてないのに、相手の興味が自分から薄れてしまう前に傷つかないように自分から先に離れようとするその様を見て、私は自分がこれまで周りの人たちにどれほどおおらかに包まれてきたのかがよくよくわかった。

そして、何度突き放したつもりでも、まったく気にも留めずにいつしかまたそばにいてくれる人たちの気持ちも。


考えすぎて感じすぎてめんどくさくなっちゃったからいっそのこともう突き放してしまえ、と目をそらそうとするその人は、思わず笑ってしまうくらい子どもじみていて、本当にしょうがないなぁ!とハグしたくなるくらい可愛かった。

離れていくわけがないよ。

だって、どうせ人は自分から離れていくんだから、というあきらめや悲しみではりめぐらせたバリケードの奥から、本当はそばにいてほしいんだようってダダをこねるみたいに泣いている心が透けて見えるんだもの。


姿ばっかり大人になったって、皮をむいたら誰しも子どもの頃とさしてなんにも変わっていないのかもしれない。

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音楽も人も、出会い方はいろいろ。

一期一会に思えても、意外とひっぱる縁もある。

人との縁なんてどれもこれもおかしなものばっかりだけど、琴線に触れる音楽みたいな人との縁は、簡単に手放したりしない。



その出会いが偶然であれ必然であれ、未来の形がどうであれ、いまの私にとって宝物であることには変わりがないのだから。


ちなみにそのアルバムは『The History of the Day』だったけど、今の気分に合うのはこの曲だったりする。









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